予告の映像を観て、公開前から期待していました。

ストップ・モーションアニメに特に興味があるわけではありません。

それでも、もの凄いインパクトを受けました。

こんなに禍々しい映像、ずいぶん素敵じゃないか!

 

「ミッドサマー」のアリ・アスター監督が一晩に何度も鑑賞し、コンタクトを取り、同時上映される短編「骨」の製作総指揮をし、自身の映画にも採用したというのも気になります。

あの変態監督がそんなに惚れ込むなんて、本物だろう。

どんな異常な映画なのか・・・。

それにしても、アリ・アスターはすっかり「嫌な映画宣伝マン」になっていますね。

嫌な映画好きからの信頼は厚いのでしょう。

 

それでワクワクしながら観に行きました。

なるほど、奇態な映画です。

事前に上映される短編「骨」は、不気味な白黒アニメーションで、意味不明。

グロテスクでユーモラスですが、大きな衝撃はありません。

 

しかし、本編「オオカミの家」は強烈。

白黒から一気に毒々しく派手な色使いの映画になった事もあって、迫力満点です。

主人公のマリアが一見の家に入るのですが、最初は何もありません。

しかし、そこに様々なものがグニグニと蠢きながら出現し、変容し続けます。

 

この映画では、一定の物は一つも存在しません。

平面的な絵が立体的になり、視点もあちこちへ移動し、生き物であろうが物体であろうが、常に動き続けます。

すべてがその場で生まれ、その場で破壊されていく。

まさに蠢き変化し続ける「絵画」なのです。

 

予告でも観た、家が燃えて変容していくシーンが、やっぱり一番好きですね!

ゲーム「サイレントヒル」で、裏世界へと変貌していくシーンを思い出しました。

こんな忌まわしい映像が見られる幸せ。

他にも、不気味で異常なシーンは盛りだくさんです。

 

ただし、面白い映画かと言われると・・・。

あまりにも抽象的な内容のため、何がどうなったのかはほとんど理解できません。

具体的な暴力シーンや殺人等があるわけではないのです。

また、前述のとおり一つ一つの描写の形成から崩壊までをいちいち見せる方式のため、お話自体の密度はあまりありません。

そもそも、通常の映画と同じ感覚で観るのは不可能でしょう。

 

この作品はチリに実在したカルト教団の施設「コロニア・ディグニダ」からインスパイアされています。

もし、自分がこの施設のプロパガンダ映画の監督だったら、どんなものを作るのか?といった発想が出発点なのです。

このため、この施設の残忍でおぞましい過去、チリの軍事政権の歴史、ベースとなっているグリム童話等を調べ、どうにかこの映画を考察しようとする方も多いでしょう。

 

個人的には、そういうものに興味を持つきっかけになるのは良いと思いますが、この作品自体はあまり難しい事を考えず、映像のユニークさそのものを体験して欲しいです。

「ウワ~、キモくて最高!」くらいの気持ちで。

そもそも、この作品は綿密に計画されたものではなく、様々な場所でワークショップとし

て作成されたものを「ずっと同じ家の中で起こっているように」編集されたものです。

つまり、偶発的なものを多分に含んでいるので、すべてのシーンを解釈する事にあまり意味はないのです。

 

「マッド・ゴッド」のレビューでも書きましたが、こういうビジュアルアート作品は1回観てどうというものではなく、好きな場面を繰り返し観たり、止めたりスロー再生したりする等して、楽しみ方を自分で発見していくものだと思います。

そして、そこから「俺もこんなキモイ絵を描いてみよう!」「こんなキモイ音楽を作ってみよう!(この映画は音響も素晴らしいので)」という意欲が湧いてきたなら、それこそがこの作品の成果と言えるでしょう。

本物のアートというのは、それを見て体験した人間を取り込み、さらに増殖、成長していくものだからです。