終わろうとしている2011年を備忘録的にまとめておく。


2010年はドラッカーや哲学的なものを読みふける、わりとヒマな1年だったが、2011年はその実践と、そして後悔が連続する年だった。


せっせと貯金してきたつもりが、いざとなったときに全然足りなかった、そんな1年だった。




4月に転職をして、ようやく専門色の強いポジションについた。


ドラッカーの言うとおり、盤石な組織はスペシャリストの集合体。


新卒採用がなく、社員のほとんどが40才前後。


ずっとその職種でやってきたか、もしくはUSを含む公認会計士からの転職組、つまりプロフェッショナルの集団。


そこに広く浅く抽象的な、何でも屋な自分が、なぜ。




毎日失敗ばかりで、正直、精神的にキツい。


社内中から間違いを指摘されては、後悔と反省の毎日。


得意気に伸びた鼻が、無残にへし折られた。




楽しそうに仕事を語る人を見ると、腹が立って仕方がない。


毎朝駅で、笑顔で出勤する人が憎くて仕方がない1年だった。


本音を吐露すると、平日休日関係なく、憂鬱な毎日。




いや別に苦労自慢をしたいわけじゃない。


ここで苦労したことが、必ず実を結ぶことが分かっている。


社内のエグゼクティブの誰もが経験していることだから。


多少大げさだが、他の人にはない暗く重い歴史がある。




そして定期的な面談で、期待値は変わらず高いとのこと。


たとえ嘘でも本当にありがたいことで、粉骨砕身。


心の奥底にあるドロドロした劣等感は、問題にされていなかった。


どんなに追い詰められても動じない(笑顔)でいるって、大切。




2012年は引き続き、辛抱の年になる。


そしてその先、国境を越える夢への階段。


2011年はその1段目に足をかけさせてもらった。




そのために、生きた英語と、米国会計基準。


それともちろん日本の会計というか、経理の実務も経験しておきたい。


来年はこの3点に取り組んでいきたい。

穏やかな気持ちで。

礼節をもって真摯な態度で。

選び抜いた自分の言葉で。

感謝の気持ちをベースに。

お詫びの気持ちも添えて。

申し上げました。





気持ちよく送り出していただけそうです。
何度目かの簿記2級。会計力のアップデートのために時々受験している。ひさしぶりの2級はパズルを解くようでとても楽しかった。

ダメだった人にはなんだけど、検定って、所詮は検定なんだよな。パズルなんだ。

企業分析の部署に異動して1週間。毎日いくつもの財務諸表を眺めると色んなドラマが見えてくる。企業のドラマが。真っ赤っかだったり、粉飾っぽかったり、そういうナマの数字を見ていると、昨日の、士業の登用試験ではない検定試験できれいに整った数字たちを見てむず痒くなる。パズルなんだ。だから会計の理屈をしっかり追いかけたい。その会計処理を行うに至ったプロセスを大切にしたい。

次はビジ会2級、そして生保会計の世界へ僕は踏み込む。

ところで試験といえば、大学入試の監督員バイトをやったことがある。90分60分60分の3教科で7,000円だったと思う。

200人の受験生を計4名でやったけど、不審な動きはすぐに目に留まる。

一番分かるのは、実は覗き見。
僕が見たケース。みんながカリカリやっている中で時々頭が不自然に、さらに下を向いて動かなくなる。こうなると、寝ているか、覗き見のどちらか。近付くと動き出す(笑)。黒目がね。

全員が同じ姿勢で、同じ行為(つまり解答)をしているから、パッと見渡したときに不審な動きが不自然に浮き上がって見えるんだ。

カンニングがはっきり確認できたら、巡回しながら受験番号を確認、試験監督の教授にメモで報告。黒髪の学生服の男の子だった。結局どこに進んだんだろうな。

監督員は味方。
不正行為を取り除いて、公平公正な環境を確保してくれる。大学入試は年齢も性別も出自も関係ない公平な世界。

受験生とは思えないんだけどなぁ。机の下で携帯をいじるとかって、周りも気付くしなぁ。



父の話を聞く機会があった。
たっぷり5時間くらい。
これだけ顔を付き合わせたのは31年の人生で初めて。

電気工事の現場代人として。
タクシーの運転手として。
株式の個人投資家として。
仕事の話を語り尽くした父は満足気だった。その間僕はずっと、うんうんと頷き続けていた。

二人の息子から逃げ続けた父。
利殖以外に、何を生き甲斐にしていたのか、それはついに分からなかった。
だけど僕の大学進学が決まったときは大喜びだったとか。

黒電話とチャートブックを武器に個人投資家として成功し、場が引ければ閉店まで書店に入り浸る悠々自適な毎日。数年前にすっかり手仕舞いして、最近は池波正太郎を読みふけっているとか。

人生に十分に満足している、と父は言っていた。

食べたい物を食べて、
行きたい所に行って、
やりたいことをやって。






いい人生だったと振り返れる終わり方が、いい。

残業している同僚から

「たまちくん、どうしてそんなに仕事頑張るの?」

と聞かれました。
言われたことだけやってればいいじゃん、って。

なので、

どうして残業しているの?
と聞き返してみました。
もっと適当にやって、さっさと帰ればいいじゃん、と。

質問の意図を測りかねたけど、仕事観を話したって噛み合わないのは確かだ。

僕は頑張ってるつもりは全然ないんだけどな。
頑張ってるように見えたのであれば、それは仕事を通じて自己存在の立証をしたいだけなんだな、僕は。

現実的に言えば、
人に迷惑をかけるのがイヤ。

周囲の仕事ぶり、少なくともその同僚の仕事を見るにつけ、エネルギーをムダに使っているなぁって思う。

僕は手抜きというか、省エネ五ツ星ですぞ。
就職活動について大学生と話す機会があったので、簡単にまとめておく。

なんでかって、その大学生たちに悔いの少ない人生を送ってほしいと思ったから。改善の動きはあるけれど、この国は新卒での就職に失敗した場合、やり直しがとても大変。決して大げさではなく、一生の問題に発展したりもする。

これから書くことは絶対じゃない。価値観は人それぞれだ。

例えば僕は筆記試験や適性検査を否定しない。賛否両論あるクレペリンだって練習&対策すれば突破できるのだから、ラッキーと思ってもいいくらいだ。採用側としても篩いにかけるのにとても便利だし。

僕自身は2004年春に新卒採用で就職した。
就職後、会社の新卒採用活動に関わったりもする。

新卒も中途も、採用の切り口は同じ。
それは人材を必要としているということ。

どんな人材を欲しているかは、企業によってまちまち。その求める人材像にフィットした人間が内定を得る。フィットするかどうかを確認するのが、選考試験。そのための面接だったり、ESだったり、適性検査だったりするわけだ。

採用する側の利益は明白。
「求める人材像に合致した人物を得たい」ということ。
(求職者の利益はもちろん「就職=内定」)
企業のその利益に焦点を合わせられれば、話は早い。
じゃあ、求める人材像って、なんだ?

先日書いたけど、とても単純。
「仕事がデキる(会社の利益に貢献できる)奴」
「一緒に働きたいと素直に思える奴」
活動中、この2点に集約されていたと思うし、実際、集約されている。

そして実は部屋に入った瞬間に勝負は50%決まってる。
入ったその瞬間に面接官はある程度先入観を持つから。

「あ、イイ! 採りたい!」
「あ~ぁ、ハズレだ…」

目が合った瞬間、部屋の空気が出来上がってしまう。
あとはその印象を検証していくだけ。
だから、最初に笑顔で挨拶することはとても重要。

特に新卒の笑顔は、超重要。
学生目線の話に終日付き合うと、申し訳ないけど疲れてくる。
だから爽やかな笑顔で入ってくると、それだけで好印象。
若者の笑顔って本当に心地良い。
氷河期でキツいだろうけど、だからこそ、笑顔の価値がある。

もし面接官がいい笑顔で迎えてくれたら、気持ちは楽になるはず。
それと同じこと。
面接官だって緊張しているのは、実はあまり知られていない。

第一印象で失敗しても大丈夫。
悪い先入観をどう覆すかが勝負のポイント。
その点で、就活は合コンに似ていると思った。
「就職はお見合い」とはよく言ったものだ。
ダメだったら「はい、次行こっ、次!」

面接官は採用基準を持ってる。
何度も繰り返すけど、それはズバリ、求める人材像。
そのほか清潔感とか、笑顔の良さとかも含まれる。あと中小企業においては字が丁寧に書かれているかどうかも、内容ほどではないけれど心象を左右する。下手でもいいから読みやすく書いてあると好印象である。

この求める人材像から逆算して自分をアピールできれば、話は早い。
学生はそれが難しいんだけど。

続く。たぶん。
面接を通過するコツ?

「会社の利益に貢献できる奴」 (=いわゆるデキる奴)
「一緒に働きたいと素直に思える奴」

もう本当に当たり前の話、このように判断されればいいんじゃないかな。

今までの面接を振り返ると、この2点に集約されていた。社会人になった現在、採用する側になって実際、この2点に集約できると思う。

このテーマは後日、改めて書こうと思う。
人と関われば、価値観の違いは当然発生する。

まず、自分とは異なる価値観の存在を認めること。

黙って受け止める。
受け入れるかどうかは、それから考えればいい。
年齢的にもお互いにいい大人だから、黙って聞く。
めんどくさいから否定はしない。

最近はユニークな人と会う機会も減って、見方を変えれば交流の幅が狭くなったともいえる。

でも、いいんだ。
それでいいんだ。

不愉快な思いをすることも少なくなったのだから、それでいい。そして価値観は成長とともに変わっていく。

移りゆく価値観とともに交友関係も変わっていく。一期一会は大切にしつつ、成長の歩みは止めないぞ、と心に決める2011年2月。

ごめんなさい、書くのは簡単。
現実には、とても難しい。
過去記事より、引用。

少なくとも僕たちは出身校や勤め先や年収でその人のすべてを見ているわけじゃない。
僕が憧れている黒木さんや熊さん、ゴッド姉ちゃんはそういったステータスが後からついてくる。ただただ、言うこと成すこと説得力がハンパなくて、もうそれだけ。とてつもなかったであろう苦労の上に聳え立つ揺るぎない自信。そういうことだ。
(2010/5/12)

今までとは比べ物にならないくらい、さらにさらに大きな 一歩を踏み出している。今ならグランドキャニオンだって跨げるよ。すべては黒木さんや熊さんのいる世界に行くために。結局、僕はあのビジネスエリートたちを追いかけ ている。やっぱり追いかけることにする。一部で誤解を受けたけど、男も女も関係ないよ。全力で追いかけよう。今度はいつ会えるのかな。力をつけて実績を積んで、胸を張って対等に向き合える日まで追いかけ続けます。
(2010/7/1)




そうして1年2ヵ月。セミナーで熊さんと再会。

でもあの時ほどビビってない。ディスカッションで、論理展開のスピードにそれほどの差を感じない。

やっと追いついた!

外国資本の企業で国際的な活躍をし始めているチーム八丁堀の人達。あれから僕は長い間、劣等感に悩んだ。

でも、やっと。
ようやく、ね。

ここからが勝負の始まり。
スタート地点に立ち直した。
驚異の巻き返しを始めるよ。




どんな雛もいつかは巣立ちの日がやってくる。
自分の翼で羽ばたかなくちゃいけない。

いつまでもいると思うな親と金、っていう。
いつかは親の側に立たなきゃいけなくなるんだ。

やってみなよ。
ちゃんと守るから、挑戦してみなよ。
失敗が許されるのは若手のうちだけ。

その前に、失敗にはさせない。
根回しは任せとけ。
いや、失敗から学ぶときもあるんだけど。
でも失敗しなくていいなら、しなくたっていい。

現状の不満に対して思考を停止させちゃダメだ。
やり方が分からなければ教えるよ。
それか、一緒に考えるよ。
だから好きなようにやってみなよ。

そして数年後、君も同じように若手の背中を押してやれ。

その前に、押してくれる人を増やしなさい。
味方を増やしなさい。

ビビらず果敢に挑戦するんだ。
礼節を忘れずに、真摯に取り組むんだ。
そのうちに1人、また1人と協力してくれるようになる。