転職活動は、デートのように
「玉ちゃんさん、T社さん合格しました。ぜひ入社して欲しいとのことです」2回目の最終面接を終えて20分も経たないうちに転職エージェントから電話を頂いた。「え、そんなに早いんですか。むしろ大丈夫ですかね、私企画は今まで殆どやったことがないです」「そこは会社側がフォローすると言って下さっています」「それは本当にありがたいんですけど……私まだ1社しか受けてなくて、もう少し他の会社も受けてみたいです!」「そうですか。そこのところ話してみます……」エージェントは電話を切った。新卒で入社してから8年4カ月働いた40名ほどの会社を1週間前に退社した。翌日から転職活動を始めて1週間。誰もが知る、業界最大手のT社の採用が決まった。です!」「よく決まったな……」ビックリしたのは「経験者採用枠なのに、経験者ではない」にも関わらず採用が決まった事。前職は営業職で、多少企画をした事があったものの「できる」と自信を持って言える程でもない。希望していたのは「営業職」だったが、エージェントから送られてきたT社からの採用枠は「企画職」だった。エージェントが勧める求人を片っ端から受けてみようと思い、会社名と給与欄しか見ずに「受けたい」と返信した結果、「企画職」でトントン拍子に採用まで辿りついた。そう……完全に私の確認ミスだった。ともあれ、その後エージェントからまた電話があり、「T社さん、待っているとの事でした。ぜひ入社して欲しいと仰ってます」「ありがとうございます。この1カ月で色々受けてみて、決めたいと思います」と伝え、電話を切った。私には実は1カ月しか猶予がなかった。理由は単純で、金銭的な余裕がなかったから。時間がないくせに、呑気に他にも受けたいと思ったのは理由があった。長い間、自社以外の会社に目を向けることがあまりなかった。狭い世界しか知らずに仕事をしてしまっていたので、同じ業界の会社がどのような仕事をしているのか知り、視野を広げるチャンスだと思っていた。新規のお客様開拓が得意だった私は、色んな方と話をする事も楽しみで、ワクワクしていた!それは自分に合う相手を探すための、デートのような感覚だった。「よし、1カ月で色んな方に会いまくるぞー!」気合いを入れながら、翌日はまた面接の予定が入っていたので、どんな会社かHPや店舗を見に行き、面接に挑んだがその日は最悪だった。店舗を見たときに「ちょっとヤバいかもしれない」と思ったが、昔からよく知っている会社だし……と思って行ってみたが、会社の入口で「やっぱりだめだ」と思った。デートだったら直前でも「気分が悪くなったから帰ります」と言って帰ってしまうが、そうはいかなかった。面接スペースに案内され、しばらく待つと取締役が現れた。「こんにちは、よろしくお願いします」私が挨拶すると、笑いもせずに「よろしくお願いします」と返ってきた。一通りの自己紹介を終え「うちの会社のこと知ってる?歴史がある会社なの。うちに入社するなら、流行にも敏感でなくてはならないんだよ。今流行ってる服の柄知ってる?」と聞かれ「はい、昔から御社の事は知っています。店舗やHPも見ました。ただ、流行りの柄は……水玉ですか?」少し鼻で笑われ「違うよ花柄。小さな花柄の服が流行ってるんだよ。そんな事も知らなかったら、厳しいかな」「そうなんですね。すみません疎くて」と答えたものの内心は、「どの口が言ってるんだ!」という感じだった。HPを見ても流行りを感じさせる事もなく、店舗は薄暗く「ちょっとヤバいかもしれない」と思ったのは、ジュエリーを扱うその会社は、ジュエリー以外にも安価なパワーストーンを扱っており、品揃えが明らかにブレているように見えた。会社の入り口を見て「やっぱりだめだ」と感じた不穏な空気感はきっと、この人や社員の人から出ているし、ジュエリーの会社で流行に敏感なら、もっと綺麗で清楚な入口にした方が良いのではないかと思ったくらいだった。デートに例えれば「僕は昔からジュエリーの仕事をしていて、流行にはとても敏感なんだよね。だから付き合う人にはいつも綺麗にして欲しいし、おしゃれにして欲しい」と言ってくる、小汚いダサい服装の男性が現れたような感覚だった。なぜか就職や転職活動は「採用してあげている」と思っている会社も多い。デートならそんな訳にはいかない「決める権利はこちらにもあり、お互いの意思が必要」な事は誰もが分かる。もうそこからは、何を話したか記憶にない。最後に挨拶をして、会社を出てすぐにエージェントさんに「この会社は辞退します」と電話をしてその日は帰った。その後は他社で非常に楽しいデートを重ね、悩みに悩んだ結果、ハチャメチャな私を広い心で受け入れて頂けそうなT社を選んだ。入社後、面接担当だった本部長に「経験がない私を採用した理由」を聞いてみたらところ、「企画職に、数字意識が高い営業経験のあるメンバーが必要だと感じていた」事と「お前みたいなやつがうちの会社に1人位いてもいいと思った」と言われたが、最後に言われた言葉は未だに解明できない。でも、採用を決めてもらった本部長には「玉ちゃんを採用して良かったと思ってもらえるように頑張ります」と伝えた。