玉ちゃん、そんなに人に真正面からぶつからなくてもいいんだよ……」

ある日、あまりに憤慨している私に父が言った。

 

 

 

私は実家が大阪で、現在は東京に住んでいる為、父と会える機会が少ない。

とはいえ、父は出張が多く月1回のペースで東京で会っている。

父に会うと色んな話をして、私が困っている事があると、理解できるように話し、いい方向にコーチングしてくれる。

 

「で、最近はどう?」と聞かれた私は「それが最近ね……」と話し始めた。

 

話出すと止まらなかった。仕事の話、これから始めるプロジェクトの話、友達の話。

もちろん話せない事もあるけど、話せる範囲で話していく……

 

1番聞いて欲しかった事があり、私は話を続ける

「あと、最近、本当に嫌だと思う人が現れて、もう1年ぐらい我慢していたんだけど……」

 

ずっと1年以上、ウマが合わない方とプロジェクトを進めていて精神的にかなりキツイ事を話した。

もう結構限界で、こんなキツイ気持ちで色々と進める気持ちになれない事も……

「なんでこんな言い方しかできないんだろう」と何百回思った事か。

何度も冗談っぽく「キツイ事言いますね」と言いたかったが、そんな精神状態ではないほど、疲れ切っていた。

 

「でね、もう、今度言われたら真っ向から言い返してやろう! と思ってるの」

もうそれで終わりならいい。

そのくらい思っていた。

 

言い終わった後、父から掛けられた言葉が前述した言葉だった。

「たまき、そんなに人に真正面からぶつからなくてもいいんだよ……」

 

そして、ゆっくり話してくれた。

「あのね、正面からぶつかると片方だけではなく、両者が倒れる可能性が高いんだよ。例えば、殴りかかろうとしている人がいると、その人が拳を作った時点でこぶしを掴むと止める事が出来るけど、拳を作って腕を上げた時点ではもう止める事ができない。そこにぶつかろうとしても、ケガを負ってしまう

例えば、ボクシングなどでは、両社の相手と自分の攻撃が同じ方向を向いていると、正面衝突し、威力が高まり、どちらも倒れる可能性高い。

 

そして父は立ち上がった。何をするのかと思いきや

攻撃する人がいるとするでしょ、受ける人は大きくよけてしまうと、相手は更に怒ってしまう事が多いの」

と、ボクシングのスウェーバックのような動きをして、体を後ろにそらす父。スウェーバックとは、上体を後ろにそらし、相手のパンチを避けるポーズ。

 

「だからね、そういう時はこうして避けると、スッと通り抜けていくんだよ」

と、片足を30度程後ろに回転させた。自然と体もずれる。

 

なぜか、私の心にあるわだかまりが、スッと通り抜けていくように感じた。

 

「これは、人との距離感も同じなんだよ」父は言った。

 

「嫌な人がいても、その人をスッと避けるだけで、その人とは関わらなくて済む事も多い。相手にしなくていい人に、向かい合う必要はないんだよ」

 

相手からの攻撃に対抗していたら、私も倒れていたんだ。

私は今まで真正面から好きな事はもちろん、嫌な事も人に伝えてきた。

家族や友達、職場の人、お客様など関わる方全ての人に。

プラスのぶつかり合いは、更に効果を高めるのでいい事だが、マイナスの正面からのぶつかり合いは、人も傷つけ、自分も傷つけてきた。

それに「避ける方法を知らなかった」事にも気づいた。

技を習得すれば強くなるように「人へのアプローチの方法を色々習得すべき」と感じた時間だった。

態度や言い方、表情全てにおいて相手へのアプローチで変わる。

 

その日の最後……

「あとね、言いたい事があるんだけど……それだけあなたが相手に対して反応するという事は、あなたもその人と同じような部分を持っているという事だよ」

 

「え、まさか相手は自分の鏡……のような感じ?」

 

後日、その方にお会いした時、父から習得した避ける技を使いつつ、相手と私の似ている部分を探す事にした。

まず相手と同じだと気づいたのは2点あった。

「表情・態度」「言い方・伝え方」だった。相手も正面から来るタイプの人で、表情もムスッとして、言い方も非常にストレートで口調も非常に強い。これはダメだと、いつもは絶対にその人の前では笑わなかった私も、出来るだけ口角をあげ、受け答えに対応した。

口調も声のトーンもいつもよりゆっくり話す事で少し口調を和らげた。

そうする事により少しばかりか相手の表情が緩み、笑顔が見られた。

いつもは案を出すと「それは違う!」と言われる事も「それもありかもしれないね」という返答に変わった。

相手からきつく言われる事も、少し笑顔で「そうですよね!」とスッと避ける事で、自分自身もイライラする事もなく、楽になる事ができたし、その日1日がとてもいい日に思えた。

 

人との距離を上手にとる事は、自分自身を守る技なのだと初めて実感した。

大切な事を教えてくれた父には、本当に感謝しかない。