先回の記事で、東山動植物園開園80周年記念事業の一環として動物会館に設置されたアフリカゾウの全身骨格標本について書きました。
 
 
骨は、2009年6月に死んだオスのアフリカゾウ 「チー」 のものです。
 
東山には、かつて3頭のアフリカゾウが暮らしていたそうです。
調べてみたところ、3頭はこんな生い立ちでした。
 
 
■マルサ(メス)
1963年     南アフリカ共和国の野生下で誕生 (推定)
1967年 7月  東山動物園に来園(推定4歳)
2003年12月  死亡 (推定40歳) …死亡時、日本で最高齢
 
■ケニー(メス)
1973年     ケニアの野生下 (?) で誕生
1975年11月  東山動物園に来園 (推定2歳) …現在、45歳
 
■チー(オス)
1975年    南アフリカ共和国の野生下で誕生
1978年2月  南紀白浜アドベンチャーワールドに来園 (3歳)
1983年3月  東山動物園に来園 (8歳)
2009年6月  死亡 (34歳)
 
 
今は、北園のアフリカゾウ舎で1頭で暮らしているケニーですが、マルサとは1975年 (2歳) から2003年 (30歳) まで 28年間チーとは、1983年 (10歳) から2009年 (36歳) まで 26年間、一緒に暮らしていたことになります。
 
マルサについては、ケニーと同じメスということもあり、運動場に出る時はいつもケニーと一緒だったそうです。
 
 
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今は、北園でひとり暮らしのケニーさん
 
今年45歳になるおばあさんゾウです。
今では体のしわが、かなり目立つようになりました。
 
 
私、先回のチーの骨の記事を書きながら、ずっと気になっていたことがありました。
ゾウは、年長のメスをリーダーとして、血縁関係のあるゾウを中心に群れで生活する動物です。他にも群れで生活する動物はたくさんいますが、特にゾウは、知能が高く、家族の絆が強いと言われています。
 
マルサが死に、チーが死に、とうとう東山最後の1頭になってしまったケニー。
私は彼女を見ていると、いつもひとつの疑問がわいてきます。
 
「彼女はひとりで寂しくないのか?」
 
ゾウについて調べれば調べるほど、ゾウたちの豊かな精神性を知ることになり、その思いは強まります。
 

■ゾウの優れた記憶力
 
テレビでこんな番組を観たことがあります。
NHK教育で放映されている 「地球ドラマチック」。 昨年4月8日に放送された 「ゾウ追跡! 1000頭が大集合」 です。
 
舞台は、東アフリカにあるケニアの 「サンブル国立保護区」。
乾季に、水や植物を求めてこの保護区に大集合するアフリカゾウたちの姿を追ったドキュメンタリーで、2016年にBBC (英) が制作しました。
 
この番組の中で、こんなエピソードが紹介されていました。
 
アフリカゾウの大集合を調査する調査隊のベースキャンプでの出来事です。
このキャンプには、屋外に、調査のためにゾウに取り付ける数十個の首輪状の発信器が置かれていました。
 
ある日、そのキャンプに 「イエーガー」 と呼ばれる1頭のオスのゾウがやってきます。
イエーガーは、数ある発信器の中から、ひとつの発信器を選び、それを近くの草むらまで運び、30分ほど鼻でなで回した後、去っていきました。
 
実は、これらの発信器は、かつて密猟で殺されたゾウたちが身につけていたものなのです。
 
番組では、彼が執着していた古い発信器は、殺された仲間が身につけていたもので、匂いから仲間のゾウを思い出していたのだろうと説明していました。

発信器のあちこちを、匂いを嗅ぎながら鼻でなで回している姿は、まるで死んだ仲間を悼んでいるようで、胸が締め付けられる映像でした。
 

■弔いをするゾウ
 
ゾウが死んだ仲間の死に場所を覚えていて、その場所を訪問しては、家族みんなで代わる代わる骨を触るなど、死んだ仲間を弔うような行動をすることはよく知られています。
 
以前、読んだ本にこんなエピソードが紹介されていました。
 
  「ゾウの埋葬」
 
ゾウは死んだ仲間に対し、深い関心と好奇心を示すことで知られている。(略) 苦境に陥った他の個体に遭遇したときに、あるいは死体を発見したときに、ゾウが苦痛や死に関心を示し、明らかに同情を示しているところが、何度も確認されている。
ここでそのような遭遇の例を、ゾウの専門家シンシア・モスの著書 「ゾウの思い出 (Elephant Memories)」 から紹介しよう。
 
彼らはティナの死骸のまわりに集まって、穏やかにさわっている。(…) その場所は岩が多く、地面は湿っているため、周囲にめくれた土の固まりはない。 だが、彼らは地面を掘ろうとし、(…) 何とかわずかな土を拾い上げては死骸の上にまく。 トリスタとティアと他の何頭かが、いったんその場を離れて低木が生えている場所まで行き、枝を折ってもとの場所に持ち帰り、そして同様にまく。(…) こうして夜になるまでには、死骸は枝と土でほとんど埋もれていた。 それからほぼ夜通し番をし、夜明けが近づくと、ようやく渋々と立ち去り始めた。
 
次のストーリーでは、愛情や絶望以外の何がゾウを突き動かしているのだろう?
シンシア・モスが語るこのストーリーは、先のストーリーと同じゾウの家族に関するもので、メンバーの一頭が射殺されたあとの行動を描いている。
 
テレシアとトリスタは狂乱状態に陥り、ひざまずいて彼女を持ち上げようとする。 二頭は彼女の頭と背中の下に牙を指し込む。 いったん彼女を座った状態にさせることができたが、死んだ彼女はすぐに後方に倒れてしまう。 彼女を目覚めさせようとして、蹴ったり牙でつついてみたり、家族はあらゆることを試す。 タルラに至っては、鼻で運べるだけの草を集めてきて、彼女の口に押し込もうとする。
 
  「動物たちの心の科学」 マーク・ベコフ 著 青土社 P121
 
  (原題)
The Emotional Lives of Animals
A Leading Scientist Explores Animal Joy,Sorrow,and Empathy,and Why They Matter
 
ゾウはとても情が深く社会性の強い動物です。家族の絆は死んだ後も切れることはありません。
 
 
■ゾウの強い絆
 
ゾウが仲間同士で結ぶ絆がいかに強固であるかがよくわかる番組があります。
 
     「The Urban Elephant : Shirley's Story」
 
5歳の時、野生下で捕らえられ、サーカスに売られたメスのアジアゾウ 「シャーリー」
彼女がたどる数奇な運命と晩年に訪れた奇跡的な再会を描いたアメリカの番組制作会社が作ったドキュメンタリーです。ちなみに、この番組はエミー賞を受賞しています。
 
 
 
 
 
サーカスの移動中、船内で起こった火災
仲間のゾウに襲われ負った足のけが
22年に及ぶ動物園での孤独な暮らし

そして、年老いた彼女が、流転の末、最後にたどり着いたサンクチュアリで出会ったのは25年前、同じサーカスにいたジェニーでした。
 
ジェニーがアジアからサーカスに連れてこられた時、ジェニーはまだ子どもでした。
見知らぬ土地で過ごす不安な日々の中、彼女に安らぎを与えたのは母のようなシャーリーの存在でした。
 
番組の後半で描かれる25年ぶりの2頭の再会。
古い記憶をたぐり寄せるかのようにシャーリーの顔を鼻でなで回すジェニー。こんなジェニーの姿は見たことがないと施設の管理者は話します。ジェニーの歓喜の叫びは朝まで続きました。
 
ゾウは決して忘れることはありません。
 
鎖につながれ人から芸を強要されることも、仲間から引き離されることも二度とない世界。
広大なサンクチュアリの自然の中を、2頭が寄り添いながら自由に過ごす姿は、私たちの心を揺さぶります。
 
残念なことにジェニーは、シャーリーと出会った10年後に、サーカス時代の虐待や酷使が原因で死にました。
ジェニーが死んだとき、シャーリーは、2日間、全く食事をしなかったそうです。
 

シャーリーの悲しい生い立ちはこちらに紹介されています。
 「SHIRLEY」  The Elephant Sanctuary in Tennessee のサイト(英語)
 
 
この他にもYouTubeには、"ゾウの再会" を記録した感動的な映像がいくつかアップされています。
"elephant reunited" で検索してみてください。(ただし、みんな英語版になっちゃいますが…)
 
母子、兄弟、姉妹…、
これらの映像に映し出される再会を喜ぶゾウたちの姿は、ゾウたちが結ぶ絆がいかに強いかということ、そして、サーカスなど人の身勝手な都合で、ゾウたちを仲間から引き離すことがどんなに罪深いことかを教えてくれます。
 
 
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来園して間もない頃のケニー (4歳の頃!)
(この写真は、80周年記念事業の 「ひがしやま歴史探訪80カ所巡り」 から取りました。)
 
 
ケニーの心の中には、あのシャーリーがそうであったように、45年間の記憶が大切にしまわれているのでしょうか。
 
幼い頃、ケニアの大地でいつも見上げていた大きな体の母や姉たちの姿
船で揺れる檻の中からみた見知らぬ土地の風景
東山にやってきた時、初めて見たお姉さんゾウのマルサ
しばらくして、自分の元にやってきた弟のような小さなチー
そして、やがて訪れる2頭との別れ
 
 
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ケニーの心の中には、一体、どんな記憶が折り重なっているのでしょうか。
 
 
日本動物園水族館協会 (JAZA) の広報誌 「どうぶつのくに」 に、こんな記事が掲載されていました。ゾウの体温と繁殖の関係を研究した報告です。
この研究ではケニーの2年間の体温データが使われていて、その分析結果の余談としてマルサとの死別のことについて触れられています。
 
       2011/9/19 楠田 哲士 博士
 
「少し話はそれますが、2003年1月以降、ケニーの体温値がかなり下がっているのがこのグラフから読み取れます。 2003年12月19日 (矢印) に、それまでずっと一緒に28年間暮らしてきたメス “マルサ” が40歳で亡くなったのです。
 
一般に、過度の精神的なショック (ストレス) を受けると、低体温を招くといわれています。 仲間を失ったことによる悲しみや不安は相当なものだったのでしょう (証明できないので、偶然の結果かもしれませんが・・・)。
 
 その後、元の体温周期に戻るまで1年近くかかっているのも読み取れます。 ゾウの愛情深さや知能の高さを改めて感じる出来事でした。」
 
 
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人と同じように、近しい者の死や別れは、ゾウにも深い悲しみをもたらすのです。
 
 
最近、「とらわれの野生 ~動物園のあり方を考える~ 」 という本を読みました。
カナダのロブ・レイドローという生物学者が書いた本です。動物園の評価を行う 「ズーチェック・カナダ」 を創設した人物です。
 
30年以上にわたって世界各地の1000カ所以上の動物園や水族館をめぐり、動物の置かれている状況をつぶさに視察し、不適切な環境下で飼育されている動物たちの飼育環境の改善と動物園のあるべき姿を訴えています。
 
この本の第2章に、「飼育困難な動物たち」 という記述があります。
そこでは、動物園にいるべきではない動物として、「ホッキョクグマ」  「ゾウ」  「イルカ (シャチを含む)」  「大型類人猿」 が挙げられていました。
 
これらの動物は、動物園では実現困難な広大な自然空間がなければならず、多くは大家族を必要としているため、と彼はその理由を書いています。
 
調べてみると、国内の動物園では、アジアゾウもアフリカゾウも1頭だけで暮らしているゾウは少ないようですが、いずれどの園も頭数を減らし、ケニーのように単独飼育になっていくのでしょう。
 
 
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姿形は異なりますが、ヒトと同じような感情を抱き、ヒトと同じような社会をつくり、ヒトと同じような行動をとる動物たち。
 
 
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人の心が豊かであるということは、命あるものを尊び、それに優しくなれるということ。
 
私たち人は、もっともっと動物たちの気持ちを思いやり、その気持ちに寄り添いながら生きていく必要があるのではないでしょうか。