岐阜県で小さなこうじ屋を営んでおります。各種こうじ お味噌販売しています。

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岐阜県で小さなこうじ屋を営んでおります。昔ながらの良さ、現代の良さを生かしながらこうじ作りをしています。

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それは突然始まりました。
男なんて赤ちゃんがお腹の中にいるときはのんびりしたもんなんでね。もちろんそわそわとはしますけども。

母親のお腹の中から産まれ、初めて出会ったその風貌から、
すぐに、あっ、ダウン症なんだ、
とわかりました。産まれる前からのエコーでの写真を見せてもらっていましたので、なんとなくは、そうなんかな~、とは思っていたのですが、
やはりどこかで健常者であろう、あってほしいとの期待もあり、また、健常者であろう普通の成長を思い描いていましたので、姿を見た瞬間は、頭を打ち砕かれたような、なんだか目の前の扉を閉ざされてしまったかのような思いでいたことを思い出します。今は、そりゃあ可愛くて仕方がありませんが、あの時は、そうですね。はっきり言ってガッカリしたとゆうのが本心でしょうか。不謹慎でしたね。

あの時は、しばらく私一人で部屋で待つ時間があったのですが、ほら、普通はすぐに抱っこさせてもらえるはず?いまはどうなんかな?ですが、なかなか連絡もなく、どうしたんだ?とゆう思いと、この先への先行き不安、経済的な不安、ダウン症の子の親になる不安、また、合併症に対する不安。家族にどう説明しようか?楽しみにしている二人の娘にはなんて説明しようか?周りにも説明しなきゃ、などなど一気にいろんなことを考えたように思います。
なにより一番は、娘に会うまでの時間がしばらく空きましたので、なにか重篤な異常でもあったのかな?命が続いてくれるのかといった不安。産声はあげましたから大丈夫なはずだよな。とか前向きに考えつつ、とにかく不安で不安で仕方がなかったことを思い出します。その時はね。
産んでくれた妻には申し訳なかったのですがね。とても祝福する気分にはなれませんでした。とゆうのが素直な心境だったでしょうか。

一度に書くとめちゃくちゃ長くなるので、(すでに長文)また少しずつ刻みながら、当時の心境などを思い出して書いていきたいと思います。