木村 正治
六甲山にある瀬織津姫の祠。
☆大江幸久さまから以下の補足説明を頂きました☆
ご紹介有難うございます。
拝殿資料で、もしや、見落としておられるかと
思いまして、お送りしました。
皇居で、天照大神と瀬織津姫2神の祭祀が
1700年ぶりに復活しています。
おそらく大正天皇のお后、貞明光后によるもの
と思われます。
3世紀ごろ、皇居から、悪い権力者が、
瀬織津姫のご神鏡を外に出してしまいました。
陰陽のバランスが崩れ、男性原理優位の世となり、
暴力、武力、戦争、金の権力、男尊女卑が大手を
振る時代となってしまいました。
伊勢神宮内宮も同じころに改変されました。
この時期に、外宮は一度完全に廃絶された可能性大
です。悪い権力者は、瀬織津姫のみならず、
豊受大神=国常立命を抹消しようとしたようです。
伊勢神宮を創建した倭姫命は将来、悪い権力者に
よって、伊勢神宮の陰陽の関係が崩れることを
予期して、伊勢神宮のすぐ近くに、朝熊神社、
朝熊御前神社を、 伊勢から離れた場所に、
瀧原宮、瀧原竝宮を建立しています。
いずれも、2社が対等な関係で今なお祀られています。
〜以上、大江幸久さまより〜