父です。
父の職場の今日の特別イベントも無事に終わりました・・・・・
イベントは来月10日まで続きます・・・・・
特別イベントは・・・・・あと23日のみとなりました・・・・・
もう少し頑張ります。
さて、今日の更新は・・・・・
14日、たまホームに超BIGなお客様がこられました。
それは・・・・・・
しのちゃんママ ・ プリンママ ・ あくあさん の3人です v(^^)v
↑しのちゃんママのブログ
↑プリンママのブログ
↑あくあさんのブログ
電車で来られたので、
紀伊田辺駅までお迎えに行きました。
(カメラを持って行くのを忘れたので写真はありません・・・・・)
(そのうち、今回お越し戴いた皆さんがアップされると思いますので・・・・・・(^^;;;)
この時すでにハプニングが・・・・・
プリンママから電話・・・・・
「電車が遅れていて、あと7分ぐらいで着きます。」
との事。
無事に電車が到着し・・・・・・
同じ電車に乗っていたと思われるお客さんが次々と改札を出られます・・・・・
しかし・・・・・10分待っても3人の姿は見えません・・・・・
駅員さんも改札を閉めはじめました・・・・・
ん?? 紀伊田辺で降りずに、白浜温泉駅まで行かれたか???
もしそうだったら大変!!
プリンママに電話をかけます。
そしたら・・・・・
降りたのは降りたらしいのですが、駅の構内で迷ったらしくて・・・・・
2つしかない田舎の駅のホームで迷うなんて・・・・・世界遺産級ですね・・・・・・(^^;;;
暫くすると・・・・・賑やかな声が聞こえはじめ・・・・・
無事に合流したのでした・・・・・(笑)
(カメラ持ってきて動画で撮っておくべきだったと思う父でした((爆)))
父の車に乗って戴き、まず向かった先は 「 闘雞神社 」。
田辺では歴史ある有名な神社です。
若い神主さんが丁寧に説明をしてくれました。
この神社は、明治以前は 「今熊野権現社」 と呼ばれ、
明治の大水害で流される前の 「 本宮大社 」 の社殿を模倣されて作られたそうです。
闘雞神社の名前の由来は、源平合戦の時代、熊野別当 「 湛増 」 は 熊野水軍をも統率しており、
熊野水軍に源氏・平家の双方から援軍の要請があったと言います。
(武蔵坊弁慶は湛増の子供であったとの伝説もあります。
紀伊田辺の駅前には弁慶の銅像が建っています)
どちらを援護するか迷った湛増はこの今熊野権現社の前で赤い鶏7羽と白い鶏7羽をを闘わせました。
すると白の鶏が7羽とも勝ったので、白軍・源氏側に味方したと言われます。
その後の歴史が示すように、屋島・壇ノ浦の戦いで源氏が勝利を収めたのでした。
それ以後、熊野権現様の御威徳を称え 「 闘鶏神社 」 と呼ばれるようになり・・・・・
明治維新以後に神仏分離令が発布された折、それまでの「今熊野権現社」から「闘雞神社」に改名されたとのことです。
↑神主さんの説明より・・・・・間違っていたらごめんなさい(^^;;;
次に向かったのは父の職場。
父の職場で今、おこなっているイベントを見に来てくれたのです。(^^)
先ずはかわらけ投げ
小さな素焼きのお皿のような「かわらけ」を投げます。

先ずはプリンママ

続いて・・・・・ しのちゃんママ

最後は あくあさん
上手く飛んだかな??
そしてメインは・・・・・

そうです。
あじさい園。
父の職場では、今、あじさい園をやっているのです。

満喫して戴いたようでした。
その後・・・・・父が古道歩きに使う法螺貝の大試奏会が始まりました。(^^)

しのちゃんママ

あくあさん

プリンママ
みんなさん、ちゃんと鳴りましたよ v(^^)
そして いよいよ たまホーム に・・・・・

まずは・・・プリンママに抱っこされる 「 たま 」 です。
「 たま 」 ちゃん嫌がっちゃダメよ~(笑)
そして 「 ちゅう兄 」 も・・・・・

そして・・・・・

あくあさんに抱っこされる 「 ちゅう兄 」
続いて・・・・・

しのちゃんママにも・・・・・ (^^)
約9.2kgの 「 ちゅう兄 」 を堪能戴きました(^^;;;
皆さん 「 ちゅう兄 」 の抱き心地はいかがでしたか???
そして夕食の時間も近づき・・・・・!?
サプライズへの旅?へと向かった一行でした・・・・・・(^^;;;
それでは・・・・・珍道中のはじまりはじまり~~~ パンパン!!
続きは次回の心だ~~~!
(今回の記事は暫くは全公開とします・・・・・そのうちにファン限定にしますのでお早い目にご覧下さい)