「夢オチ」というのがある。
結末として最低なのが夢オチであり、
いわば反則技である。
昨今の映画はその反則すれすれなのが横行しているような気がする。
『シャッターアイランド』もそんな印象の映画だった。
物語の大半が、実は主人公の妄想でした、というのは
夢オチと大差ないのでは?
頭から疑って注意深く観ないとそれが現実だと思ってしまうに違いない。
例えば、小説(ミステリ)という表現手段では
小説内小説や叙述トリックという手法がある。
それこそ実は進行していた物語が小説の登場人物が書いた小説であったり、一人称で書かれていた物語の語部が実は別の人物であったり、
というようなもの。
ただ、小説は読者が頭の中で勝手に想像して映像化するわけだし、
途中で、あれ?と思えば戻って読み返すことができる。
そういう意味ではこの手の手法は反則とは言えない。
ギリギリ許せるフェアラインである。
それに対して映画の場合は
すでに映像化されたものを現実として受け入れるというのが基本構造だし、劇場で観てる途中で疑問に思っても戻って観ることが出来ない。
個人的には、これは反則ラインを越えていると思う。
ただ、中には
そんな手法を逆手に取って名作に仕上げた映画もある。
例えば、『ユージュアル・サスペクツ』。
物語の大半は刑事?が犯人を尋問して、
犯人が語る話を映像化して見せるという、ドラマではよくあるパターンだし、どっちかと言うと小説の手法に似ている。
これくらい巧妙な仕掛けをした上でなら禁じ手も許すが。
一応、シャッターアイランドにもそれなりの伏線があるにはある。
それは一応反則技は使ってませんよ、的な言い訳程度のものに感じてしまう。
しかしながら、
極論を言うなら、仮に夢オチであっても作品として面白ければそれもアリである。
シャッターアイランドは納得いかない部分もあるけれど、
予想外の結末も含めてそれなりに面白くかった、
ということで締めることにする。
Mスコセッシ監督の映像センスは好きだし、
主演のディカプリオも割と好きな俳優だから多少の贔屓目はあるかも。
チャンチャン
