栃木県宇都宮市で攀じるパパクライマー、満喫しすぎた日光ウルトラ | 栃木県宇都宮市で攀じるパパクライマー

栃木県宇都宮市で攀じるパパクライマー

人の親になっても頂きを目指し、家族と共に攀じり続けるパパクライマーの記録

 これが山ならわたしは死んでいた、と脳裏に過ったのは、心のどこかで反省しているからかもしれない。最後の最後で頑張れなかったことに。マラソンは嘘をつかない。7月上旬に開催された第1回日光ウルトラマラソン62.195㎞の部門に、わたしも参加してきたので今日はそのお話し。

 わたしの今季の目標は、宿題として眠っている城内坂ウルトラマラソン100㎞の完走です。過去1回参加した際、完走ペースで走っていたのに台風襲来の影響で90㎞走った時点で大会中止になった縁浅からぬ大会だ。それから色々あってエントリーはするも海外遠征することになってDNS、滝谷で滑落してDNS等々挑戦できずにきた城内坂ウルトラマラソン100㎞。そんな大会に今年こそはリベンジすると誓っている。

 日光ウルトラマラソン出場はその練習の狼煙をあげる意味があった。だからどっちかっというと観光気分。62.195㎞なら完走するだけでも十分なロング走の効果が得られるからだ。タイムを狙ってない以上観光しない手はない。

 そもそも62.195㎞を制限時間9時間30分かけて走っていいというのは、高いハードルではない。42.195㎞を6時間で走り、残りの20㎞を3時間30分かけて走るという簡単なプランで完走を狙うことに決めた。

 長いルートに挑むのであればあるほど、準備は一層しっかり行わなければならないのだから、上記の時点で既に失敗していると今は気付く。油断しているのだ。わたしは当日GPS時計を充電していくのを忘れてしまったのだから目も当てられない。

 

 

 ラップを刻むことができなくなってしまいましたが、それでも特段の心配なく記念撮影して、スタートを迎えた。

 

 

 早朝6時スタート。今市運動公園から日光東照宮方面に向かって走る。

 

 

 日光杉並木

 

 

 雨天が心配されていたが、蓋を開けてみれば快晴。いつも拝んでいる日光連山もイベントごとのフィルターを通しているからか、いつもより美しい。

 

 

 

 100㎞部門だと、実際に日光東照宮境内の核心部まで走り込め、さらにイロハ坂を登って中禅寺湖で折り返すという一連の38㎞があるのだけれど、わたしは62.195㎞部門なので神橋で折り返す。今市から日光へぐうーっと登ってきたので、今市までは気持ちのいい下りが続く。そしてまた鬼怒川温泉郷の方面へ軽く登りながら進んでいく。

 

 この大会の素晴らしいところは、各施設が全面協力してくれていること。

 

 

 足を踏み入れたことのなかった日光江戸村や 

 

 

 

 中学の遠足の時以来となる東武ワールドスクエアの施設内にエイドステーションが設けられているという気の利きよう。

 

 

 

 

 はじめて渡った鬼怒川温泉ふれあい橋でもパシャリ。スマホをポケットに忍ばせてウルトラ走るのもなんだかなーと思うのだけど、今回は観光だからいいのです。

 

 途中わたしが山岳会でお世話になっているKさんとK2に行ったSさんにばったり。次は厳冬のデナリを狙っているのだとか。素晴らしいことこの上ない。おれも確実に修練を積み上げていかねばと、楽しく情報交換しながらランデブーの時間。

 

 

 40㎞地点で5時間55分。6時間かけて走ると決めていたので、概ね予定通りとこの時走りながら思ったのだけど、実は間違っていた。60㎞じゃなくてこの部門62.195㎞あるのです。だから、スタート前は42.195㎞を6時間かけると考えていたのでした。それが40㎞を6時間で良しとスルーされてしまった。リミットギリギリで走っている身にはこの誤差は大きい。。

 

 

 結果、気付いた時には追い込まねばならなくなった。最終関門51.9㎞地点をリミット1分前に突破する。。あぶねー

 

 

 残り10.295㎞を1時間30分で走れば完走証がもらえる計算が成り立つ。なんとか形になったと気を許してエイドでのんびしていたら、そりゃあもう5分とかあっという間に過ぎて、残り1時間25分、20分?!やばいっと急いで駆け出すものの、結果、必殺アイテム(アミノ酸とかカフェイン)も装備しておらず、ラップを刻める時計もないとあっては、完走ペースを維持できるわけもないのだった。。

 

 

 58㎞あたりでゴールリミットの9時間30分がきってしまい、それでもゴールまでもう少しと走っていたら、59㎞あたりで回収車に見つかって収容されてしまうのでした。残り3㎞くらいだったかな。無念なり。

 やはりいくら楽なペースで走っているとはいえ、補助エネルギーや仲間のアシストがなければ、なかなか50㎞からの最後の10㎞をキロ7分とかでは走れないようだ。その点、まだまだ仕上がってないのは確か。事実わたしがへぼかっただけなんだけど、それでも、もう少し工夫と準備さえしていれば、完走はできたと思えるので、単純に自分のバカチンめと悔いが残るレースになってしまった。エイドで日光名物を余すことなく食べられたのは収穫だったけれど。

 

 

 後半、鬼怒川あたりの駅で、8月10日から東武鬼怒川線で復活運行するSL「大樹」が汽笛をあげて停まっていたのです。まさに走り出しそうな按排だったので、持っているなーとスマホを構えて走り出すのを待つこと15分、あれがいけなかった。。

 ともあれ、マラソンは嘘をつかない。メンタルとフィジカル、そして大会当日のラン環境の構築含め、いまのわたしでは城内坂100㎞を完走できるレベルに遠く及ばないことが分かった。今回は妻娘に応援に来てもらわず、1人で走ることを選択したのもいけなかった。城内坂では妻に盛大にけつを蹴っ飛ばしてもらうことにしよう。応援なしじゃとても太刀打ちできそうにない。まずは妻にサポートしてくださいと頼み込むことからはじめます。(おわり)