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自分は、パリジャンが気に入った。地方都市の人よりも。
フランスに行く前、いかに彼らが最低な人々かを叩き込まれた。
しかし、いってみると、なかなか居心地がいい。
確かにつめたいときもあるが。
でも、基本的にまっとうな人たちだった。
自分がフランス語でしゃべっているということを、多少評価してもらえたからかな?
まあほとんどしゃべれないのだが・・・
ほんの数回であったが、道で困っていると声をかけてくれた。
道端の工事現場近くで、少し通行を待つように言われたときも、その間話しかけられたりした。
彼らが機嫌がいいと、ほんとにこっちまでハッピーにしてもらえる。
普段音楽を聴きながら外を移動するタイプだが、パリではほんとナンセンス。
音楽なんか聴いて自分の世界に引きこもって歩くことほど、愚かしいことはない。
その分、楽しみがなくなってしまうのだから。
生き物なんだって感じた。
日本人はおとなしくて、安全だけど、死にかけてる。
昔の日本人や丁寧な人はいいけど、今は絶滅危惧種だ。
やんでる。
気持ち悪い。
それが帰国直後に思った感想だ。
目で語りかけてこない。
道端の知らない人とは、話す関係ではない、出会いの場ではない、そんな暗黙の了解がはびこっている。
パリは違う。ちょっとすれ違ったときでも、目が語ってる。語りかけてくる。
それに、パリでは日本人は見慣れた存在。
しかし、微妙な都市にいくと、日本人はそんなに慣れていない・皆中国人あつかい・人種差別的だったりしてね。
なにしろ、文化の中心だし。都市に生まれ育った人間としては、こっちのほうがなれてる。
まあ、これは一面でしかない。
でも、パリはいい!
兵法にはまったので、早速本を買った。
原文つきのヤツ。
ほぼ同じ漢字だし、学校で読んできたから、割と読める。
そこではっとした。
何のレ点も、送り仮名もないが自分は日本語で読んでる。
しかも、日本文法に従って、日本の言葉で。
そう、一瞬にして中国語を翻訳して理解しているのだ!
びっくりした。
漢文は国語の授業の一部だったから、古典とは違うけど、中国の文を読んでる間隔がなかった。
単に馬鹿なだけだが。
でも、その文を読む時、無意識に、かつ、当たり前に、文をひっくり返して読んでいる。
何しろ、中国語は英語と同じ文構造だからだ。
主語 動詞 目的語
英語を読む時、あまり英語とかかわりのない人間は、日本語のように読んでいく。
つまり、頭の切り替えが上手くいかないのは、漢文の癖があるからでは?
とふとおもった。