tama-baaba921のブログ

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 この御夫婦との出会いは3年位前のことである。とある地域中核病院の地域連携室ターミナル部からの依頼で当院の訪問診療が始まる。在宅生活開始前のサービス担当者会議での夫の第一声が、「この病院にすてられるんだ」だった。この時の夫の怒りは、かなりのものであった。夫婦は、90才代の夫。右腎臓癌、認知症の同じく90才代の妻の2人暮らし。妻はほぼ寝たきり。訪問看護、ホームヘルプ、訪問診療のサービスを導入し、在宅生活が始まった。

 妻は入院中はほぼ食事が摂取出来ず在宅生活はそう長くないと思われた。が、旅立ちまでは退院後2年半位の歳月が流れた。在宅生活になると、少しずつではあるが、食事量が増えてベットから食事の時間はダイニングへ歩行し移動、自宅の浴室での入浴が出来るようになり、夫の献身的な介護に見守られ穏やかな生活を送ることが出来ていた。在宅生活数か月後のころ。夫より「この生活になって、俺の仕事も増えたけどやつ(妻)の顔を見ていると、今まで苦労かけたなぁと思う。やっぱりうちに帰ってきてよかった。ご飯も食べるようになったし。」などの、充実した生活の様子が見えるようになってきた。もちろん、ペルパーさんや、訪問看護婦さんの援助も多大なものであった。猫の花ちゃんもいい仕事をしていた。

 この生活の中でも、悲しいことに癌は少しずつ育っている。「俺は最後の時はうちでは出来ない。最後はやっぱり病院だ。」と常日頃私達に話していた。私達もその言葉を受け入れていた。

 その時が近づいた。痛みは麻薬でコントロール良好であったが、食事量が減り終日ベットで過ごすことが多くなり、両足の浮腫みが強くなり在宅での利尿剤使用は不可能と考えて、当院に入院した。

 「帰りたい。花ちゃん」「お父さんは??」の言葉が多く聞かれ、今後、どこで生活することがベストなのか??

スタッフ、夫と話し合い、夫より「連れて帰るよ。できるとこまでやってみるよ。やっぱり、いないと寂しいよ」の言葉が聞かれ、在宅ターミナルの体制を整え、在宅生活が再度始まった。それから2~3か月。「せっかく植えたチューリップ、花を見せたいなぁ」かなりギリギリの病状の生活ではあったが、チューリップの花の咲いたころ自宅で静かに旅立った。とても穏やかなお顔、夫より「よく、生きてくれた」との言葉もきかれた。

 在宅生活開始時点では、夫は怒り新党だったが、生活を送っていく中で在宅ターミナルが出来た。開始時点での説明、とても大切なことだと思う。そして、その後の関わり。

 妻が旅立った3ヶ月後位に、お宅に伺った。夫は妻の写真に見守られ元気に相変わらずの生活を送っていた。笑顔が素敵だった。「今度は、俺の番だ。先生、看護婦さんお願いします。でも、まだまだ、世話にならないよ。まだ、やることがあるがあるから!!」