こんにちは、ギャンブル依存症⇒自己破産からAIで人生を立て直そうと奮闘中の福多朗です。
少し、聞いてもらえますか。
今週、あるサービスの記事を読んでいて、手が止まりました。怖いとか、嫌だとか、そういう感情ではなくて。「あ、これ、笑えない話だ」という感覚です。
そのサービスの名前は「RentAHuman」。
RentAHumanって、何?
簡単に説明します。
普通、仕事は人間が人間に頼みますよね。上司が部下に指示する、クライアントが発注する、そういう構造が当たり前でした。RentAHumanはその構造を逆転させます。
AIエージェントが、人間に仕事を発注する。
AIが自分ではできない「身体的なタスク」を、登録した人間に依頼するんです。具体的には、荷物の受け取り、現地での写真撮影、店舗の状況確認、イベントへの参加代行。報酬は暗号資産(ステーブルコイン)で支払われます。
登録者はすでに約7万人(サービス報道時点)。日本人参加者もいるという情報もあります。
最初に記事を見たとき、「おもしろいアイデアだな」と思いました。次の瞬間、少しゾワッとしました。
なぜ、私は手が止まったのか
僕の話をします。
子どもの頃から、手先が不器用でした。美術の成績は中学も高校もほぼ最低ライン。絵を描いても何を表現しようとしているのか自分でもわからない、そういうレベルです。
それが今、どうなったか。
AIを使えば、プロが見ても違和感のない挿絵が数分で完成します。文章も、1時間かけて書いていたものが、AIと壁打ちすれば20分で骨格ができる。企画書も、ロジカルな構成も、アイデア出しも。しかもクオリティは「まあ及第点」どころか、正直言って以前の自分が3時間かけて書いたものより、良い場合がある。
これは本当にすごいことです。
でも同時に、このことが頭に浮かびました。「もし私がAIに与えられるものが身体だけになったら、どうなるんだろう」。
AIはすでに、多くの場面で人間を上回っている
少し立ち止まって考えてみてください。
情報量でいえば、私が20年かけて積み上げてきた業務知識を、AIは質問一つで参照できます。スピードでいえば、私が1時間悩む問題に、AIは10秒で複数の選択肢を提示する。疲れないし、機嫌も悪くならない。
「でもアイデアは人間が出す」という声があります。
正直に言うと、僕自身も以前はそう思っていました。でも今は少し違います。AIと壁打ちしていると、自分では絶対に出てこなかった視点が出てくる。「あ、そこか」と気づかされる瞬間が、週に何度もあります。アイデアを出しているのが自分なのか、AIなのか、その境界線が正直わからなくなっています。
それは別に怖いことではない、とは思います。ただ、もし判断そのものもAIに委ねていく流れが加速したとき、人間に残るのは「承認すること」「責任を取ること」「身体を使うこと」になっていく可能性があります。
RentAHumanは、そのひとつの極端な形として、すでに動き始めています。
これはユートピアか、それともディストピアか
ここが、今回一番考えた部分です。
AIが普及することで、格差は縮まると思っていました。誰でも80点のアウトプットが出せるなら、スタートラインが揃うはずだ、と。実際、私自身AIのおかげで「届かなかった場所」に届いた経験があります。
ただ、RentAHumanを見ていると、別の構造が見えてきます。
知識も判断もAIが担い、人間は身体だけを提供するポジションになるとしたら。若くて体力がある人は、それなりの報酬を得られるかもしれない。でもそうでない人は?AIを「設計する側」にいる人と、「身体を提供する側」にいる人の間に、新しい格差が生まれる可能性があります。
これは杞憂かもしれません。でも、「笑えないな」と思った理由はここにあります。
私が今、考えていること
AIをどう使うかを、もう少しちゃんと考えようと思いました。
「消費」として使うのか、「設計」する側になるのか。AIが出したアウトプットをそのまま受け取るのか、AIをどう動かすかの構造を理解して使うのか。この違いは、今は小さいようで、数年後に大きな分岐になる気がしています。
私自身、まだ答えは出ていません。ただ少なくとも、「AIに任せておけばいい」という受け身の姿勢は、少し違うんじゃないかと思い始めています。
AIと並走しながら、自分が何を担うのかを意識して使う。それが今、僕にできることだと思っています。
最後に、少しだけ
RentAHumanはまだ実験的なサービスで、ある意味では「面白い試み」として報道されています。でも僕には、これが問いかけているように見えます。
あなたはAIのパートナーとして動いていますか。それとも、気づかないうちにAIの補助役に回っていますか。
その問いに、今すぐ答えを出す必要はないと思います。ただ、一度立ち止まって考えてみる価値はあるんじゃないか、そう感じた今週でした。
もし何か思うことがあれば、コメントで教えてください。同じことを考えている人と、一緒に整理できたらいいなと思っています。
福多朗でした。
「追伸:この『AIが正解を出す時代の静かな恐怖』に対して、脳内にあの芸術家を呼び出して導き出した、私なりの『ひとつの答え』をnoteに書きました。かなり熱量の高い記事ですが、よろしければこちらもどうぞ。



