説明の為に、草書体の龍を二通り書いてみました。画像の左側が将棋駒の世界で「昇り龍」、右側が「降り龍」と呼ばれる形です。浮鵞線の最後を上に向かってハネるのを、「龍が天に昇っていくのに見立てて昇り龍とし、左下方向に向けて払うのを降臨する龍に見立てて降り龍と呼びならわす」のだと解釈していたのですが、この呼称はどうなのでしょうか。

自分なりの「菱湖書体」を作るために菱湖の作品から行書体の「龍」を探していたときに気がついたのですが、「そもそも、毛筆の世界で昇り龍/降り龍などと呼ぶ慣習があったろうか?」という話です。

 

昇り龍は、龍という文字を書くときのごく普通の形であり、降り龍は「次の文字への筆脈を通す(見えない線で繋げるイメージ)あるいは連綿体(複数の文字を実線で繋げる)を書くときの形」でしかない筈です。

これに気がついたときは、なんで今まで気に留めなかったのかと自分に呆れました。将棋駒の世界でしか通じないことを、一般常識であるかのように錯覚してしまうとは、我ながらいい加減だったと反省するほかありません。

 

間違いに気がついたついでに、世間一般で、昇り龍/降り龍がどのような表現をされているのか調べてみた例が下記のようなものです。

 

・上野の東照宮唐門の彫刻(左甚五郎作)は、両方とも頭が上、尾が下。区別は頭が上を向いているのが降り龍で首を垂れているのが昇り龍(逆ではと思ってしまう人が多そうですね)

・前足に何も持っていないのが昇り龍、宝玉(如意宝珠)を持っているのが降り龍

・絵画で顔が左を向いているのが昇り龍、右を向いているのが降り龍

これらですべてでは無いと思いますが、いずれにせよ頭と尾の位置(上下)関係で昇り/降りが決まる訳ではないようです。

 

以上からしても、「龍王と龍馬で龍の字の収筆を変え、一対の龍に見立てて縁起の良さを求める」という考えには無理があるように思います。こういう考えが悪いとは思いませんが、正しい書き方を無視してまで降り龍を書く必要はないし書いてもいけないということですね。

要約すると「行書の龍を書く場合、草書に近い形で書くときは”降り龍”に問題なし(もちろん昇りでも可)。楷書に近い形の龍を書くときはすべて”昇り龍”にするべきである。どちらにするかは筆脈の通し方を考えて決める」ということです。

 

参考までに、この投稿をするに当たって、下の画像をXに上げたり周囲の方に尋ねてみたのですが、「右側の書き方はおかしい」というのが一致した意見でした。予想していた通りだったし、「このような行書の”降り龍”はやはりあり得ない」とスッキリできたのは良かったです。

なんだか、分かったような分からんような文章になってしまいました。伝えたかったのは、将棋駒の世界には誤った考え方や伝承が多いので注意してくださいということです。「三味線奏者で能書家でもあった昇龍斎が書いた」などという事実無根の話がたくさんまかり通っています。駒に限ったことではありませんが、書かれていることを鵜呑みにするのではなく、できるだけ自分で信憑性を確認する習慣を持った方が良いと思います。

 

最後まで読んでくださった方、SNSでコメントを下さった方たちにお礼をお伝えして終わりにしたいと思います。ありがとうございました。