しばらく前のことですが、SNSで「と金は金の崩し字(草書体)だそうです」という内容の投稿を見たことがあります。間違った覚え方をされているなと思ったので、やんわりと「それは違いますよ」という旨の返信をしたのですが、伝わらなかったようです。

そのときは、別にいいかと思ったのですが、その後に歩兵の成り面が「止」になっている駒を見つけたのが気になり、今回の投稿をすることにしました。

 

何故、歩兵の成り面が平仮名の「と」もしくはそれに近い形になったのかは諸説あるようですが、少なくとも”金の草書体”ではありません。では何なのだということですが、私の臆測では下の画像に示したような成り立ちなのではないかと思います

 

 

左は巻菱湖の金の草書の例、その右側は水無瀬駒などを模して書いた別の草書の形(私には水無瀬駒の字が正しいかどうかは判りません)、右端が同じく水無瀬駒の「と金」を模したものです。これが平仮名の「と」と似ているので、このようなものに加えて、平仮名の「と」が使われることが定着していったのだと考えています。

金の草書体は他の多くの漢字と同様、複数の書き方があります。画像の菱湖の書が一例ですが、いずれにせよ草書体は、これ以上、簡略化すると文字として成立しないものです。ですので、画像の右端のものは、「金」を表してはいますが、「金」という文字ではありません。

 

それでは、兼成卿が現在、「と金」と呼ばれるものの元を書いた理由は何なのかということですが、「金を記号化し、駒の識別をし易くするため」というのが答えになるのではないか、と私は思います。

将棋盤は、八十一マスの広さしかありませんが、一度に焦点を合わせられるのは恐らく4×4マスの範囲が平均的なところだろうと思います。私自身がそうですし、対局している人が頻繁に視線移動をすることや、初期配置を4×4マスの中に収めた詰将棋の本が出版されていることも証左になると思います。

盤面の状況を素早く把握する為には、駒字は判別し易いものが好ましいと言えます。兼成卿は歩兵の成り面を簡略化すれば、より分かりやすいと考えたのかも知れません。邪推をすれば、枚数の多い歩兵に簡単な文字(というより記号ですが)を使えば、駒を作る為の労力を減らせるという意味があったのかも知れません。

以上が私の考えたことですが、あくまでも臆測ですので鵜呑みにされないようお願いします。

 

もう一つ、歩兵の成り面に「止」が使われていた駒についてです。「止」は平仮名の「と」の字源(字母=元になった字)です。だから、作った方はこの字を使っても問題無いと思われたのかも知れません。

しかし、失礼ながらこれは明らかに誤った字の用い方だと思います。「と金」という呼称が定着し平仮名の「と」またはそれに準ずる形の字が使われている意味を分かっておられない。

漢字の「止」では意味が通じなくなるとは思われなかったのでしょうか?

 

特に個人で創作された駒字に見られることですが、誤った書き方をしているものが多くあることは残念です。やたらに線を繋げて、それで流麗な文字になる訳ではありません。自分勝手な行書や草書を書けば、”読めない字”になる可能性が高いです。安易に「くずし字」を書かずに字典を見るなり専門家に相談するなりした方が良い。これは私自身への戒めでもあります。