タミヤ フェラーリ F50 完成


歴史....

F40の後継車種であり、1995年に発売された。開発コンセプトに掲げられたのは「公道を走るF1」。エンツォ・フェラーリの息子、ピエロの「F1のエンジンを積んだロードカーを創る」というシンプルなアイデアをもとに、カーボンコンポジット製のセンターモノコックにF1用エンジンをストレスマウント化(剛結・ボディへ直にボルト止め)し、F1マシンそのままの高剛性な車体構成を公道を走る車として初めて採用した、まさにF1マシンそのものである。しかし、この構造ゆえに振動やノイズが激しく、運転時の快適性という点においては後継車種であるエンツォフェラーリに劣る点がある。

エンジンは1992年のF1マシンF92Aに搭載された自然吸気 3.5L V12気筒 DOHC 5バルブエンジンの鋳鉄ブロックを流用している[1]。もともとF1用に扱いにくいピーキーな高回転型だったが、排気量を4.7Lに拡大し、F1では7速必要だったギアを6速とできるようにするなど、ロードカー用にやや扱いやすいものにされた。

F1ではセミATが組み合わされていたが、F50ではごく一般的な6マニュアルである。

前後のサスペンションもF1の影響を受けたプッシュロッド式。タイヤはグッドイヤーの「GSフィオラノ・イーグルF1」が装着された。

車体は屋根部分を取り外しバルケッタ(オープン)とすることができる。ただし、ルーフの取り外し、取り付けには、工場での作業が必要で手軽に交換できるものではない。バルケッタのときには急な雨をしのぐため簡易的なソフトトップが備わる。室内はF40とは違い立派な内装が施されて、エアコンもあり、スパルタンな印象は薄い。これは社長であるルカ・モンテゼーモロの「フェラーリは日常的に使える車にならなければいけない」という方針によるものだが、当初のコンセプトからするとちぐはぐなものになった。

発表時期が近いこともあり、マクラーレン・F1とライバル視されることもあるが、両者の直接比較は試されなかった模様。F50発表の1995年のジュネーブショーではフェラーリ側から「マクラーレンよりは遅い」という発言があった[2]。フェラーリによるとF50は性能を追及した車ではないという。


今回の製作は、オープンのバルケッタをチョイスしました


ボディは、イタリアンレッドの予定でしたが、下地である白のサーフェイサーを塗装し、全体を仮組みした時に

「白がカッコイイ」

と思いましたし、この作品はオーダーではなく個人のコレクションにするつもりでしたので、急遽ボディカラーを赤から白に変更しました


ボディが白になりましたので、それに合わせて内装は赤、ホイールは、ツヤありの黒その奥にあるブレーキキャリパーはツヤありの赤で仕上げてみました


ボディ塗装

白サーフェイサークレオス クールホワイトクレオス スーパーホワイトガイア EXクリアフェラーリのデカール貼りフィニッシャーズ オートクリアガイア EXクリアタミヤ 3000番スポンジヤスリ 中研ぎガイア EXクリアラプロス 6000番研ぎタミヤ 粗めコンパウンド研ぎフィニッシャーズ ファイン研ぎハセガワ セラミックコンパウンド研ぎタミヤ モデリングワックス


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