ドタバタの2015年、夏でした。
10月7日から、全てのお仕事を再開しますが
その前に・・・
9月24日に他界した母のこと、少し綴ってみたいと思います。
9月14日にホスピスへ入院したのですが、その時に先生から
『いつ、どうなるかわかりません。覚悟しておいてください。
ご本人が会いたい人がいるなら、この2,3日中に呼んであげてくださいね。』
そう言われていました。
そんな状態での入院生活・・・・
亡くなる2日前のことでした。
私と妹、弟で、母の身体を拭いてあげました。
意識も混濁している状態の母が、とても嬉しそうに、幸せそうに微笑みました。
この笑顔は、私たちの『宝物』になりました。
そして、その夜のことです。
妹が「姉ちゃん、今日がヤマやと思うから、兄弟みんなで泊まろう?」と言いました。
私は暦を確認し、妹に言いました。
「今日は大丈夫、一度帰って色々な準備をしよう。
あの人(母)は友引をからめてくるよ。
私は家でゆっくりする!!そう思ってるから。
ちゃーんと仕組んでるよ、あの人は。そんな人の子供に産まれて良かったね、私たち。」
妹は涙ぐんでいました。
案の定、友引の前夜に、潮が引くように息を引き取りました。
父が引き潮の時間を気にしていたですが、まさにそのタイミングでした。
息を引き取ると、風がビュン!と吹いて、その風に乗って逝ってしまいました。
息を引き取る少し前、私の夫が実家のドアを開けたら・・・
風がビュン!!と吹いたと思ったら、母の気配がして
「コージさん、ありがとう!ありがとう!!」 と声が聞こえたそうです。
せっかちな母は、さっさと肉体を脱いで、一足先に帰宅したようです(笑)
病院にいる私たちは
母の身体をキレイにして、お化粧をほどこしました。
ちょっぴり可愛く、ほほ紅も、口紅もピンクをチョイスしました。
母が生前に『もしもの時はコレを着せてください。よろしく!』と書かれた
包みを開けました。
薄い、アクアマリンのような色の美しい着物が入っていて
看護師さんに手伝ってもらい、着せてあげました。
身支度を終えた母を連れて帰る時、雨が強く降って来て
弟が「風を吹かせたり、雨を降らせたり・・・おかーちゃん、やりたい放題やな。
きっと、葬儀の時はキレイな青空見せるんやろ?」って。
ちゃんと準備をして、家族を見守りながら天国へ逝った母。
私を身ごもった時に
「丙午やから中絶したほうがいい!」って産むことを反対されたらしく・・・。
彼女は
「この子は絶対に産みます!!!」と言って譲らなかったそうです。
私の気の強さは母譲りかも( ´艸`)
そんな彼女を母として選んだ私。
そんな自分と、母を誇りに思います。
ありがとう。
さぁ、これからも生きていくよ、また逢える日までね!
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