龍蔵は更なる「進軍」に励んでいた

( その1 に続く )
というのは、
龍蔵は、帰国後の「大事業」を
自分に課しており、
この段階で「遺作」を作る気は
さらさらなかったのだ。

「大事業」とは
そのライフワークである
「遼代研究」のこと、

これをせずに、
この世を去ることはできない!
龍蔵の叶えなかった夢となったが・・・

だから、「遺作」となってしまったのは
「結果的に」であり、

某出版の表紙ように
くたばれ爺が遺書作り、になっている、

しかし、これは事実でない。

当時の龍蔵は

闘志を燃やし、
目をらんらんと輝かせ、
新たな「進軍」を考えていた、
志の龍蔵だった。

だから、本書は鳥居龍蔵の
これまでの一つの「里程碑」であり、
と同時に
新たなる挑戦への「進軍曲」
といえるであろう。

事実を調べ、
本書を読み、

「里程碑」「進軍曲」が
本書『・・・手記』の「真」であることが
明白だ。


最近、「終活」ということば が はやり、
だが、龍蔵には、みじんきりも
当てはまらないのだ!

全力疾走の人生を送ってきた龍蔵に
立ち止る、という発想がなかった、
ずっと健康すぎる人によくある傾向だ・・・

ゆっくり休養しながらだったら、
龍蔵は楽に百歳を越えただろう・・・

終戦直後の苦しい環境ではむりだった?
悲しい運命としか・・・

(その3 に続く)