戦争 と 動物たち
戦争、戦争・・・
憤慨した先生方と共に、
あざらし も戦火に燃えてきました・・・
そこで、最近ネット上の
感動的な映像を思い出した:
それは、可愛い猫ちゃんたちが、
大変きれいな、快適な、広々した
室内で、ゆうゆうと歩き、
その顔は幸せでいっぱいなのだ!
なんと!これは、ドイツの
「野良ちゃん」たちのマイ・ホームなのだ!
殺処分皆無、家なし子、捨て子・・・などなど
全て保護され、このような空調完備の
キャット・ホ-ムに預けられ、
食・住安定した上、里親探し・・・
「世界一すばらしい!」と
僕のこころは踊り、「とろけて」しまった?
ヒトラー、ナチドイツなど思うだけで、
こわい!だから、ドイツ人は冷酷では?
という恐れをどこかに持っていた、
しかし、この認識を徹底的に覆した
のは、以下の事実を知った時だ、
ヨーロッパでの両陣営、即
連合軍側 と ファシスト の双方の
最終決戦はベルリン攻防戦だった?
米・ソ連合軍の猛烈な砲弾攻撃に
ベルリン市民は置かれた、
「物語」の舞台はここなのだ:
動物園の動物たちも食事を取りにくくなった。
そこで、動物園の飼育員たちが
なんとしても動物たちを守ろうと、
一生懸命に食事を用意し、
砲弾の中、命がけで
動物たちのところへ運ん行ったのだ、
彼らの心にあるのは、
愛する動物たちのみなのだ!
そのため、砲弾に当たって殉職した方も、
しかし、ほとんどの動物たちが
守られ、無事ベルリン陥落を迎えた。
ここに見られるのは、飼育員という
仕事のプロたちの真のプロ意識、
動物たちを愛する真っ直ぐな純粋な心、
自らの命を投げ出しても、
愛するものを守る、計算抜きに・・・
本当に感涙を禁じえない事実なのだ!
対照的に思い浮かぶのは、日本で、
戦争中飢え死にをしいられた象さん、
「かわいいそうな象」「戦争のため・・・」
といつも聞かされるが、どこか納得いかない
空々しさがあるはなしだ:
象は草でも、麦束でもなんでも食べる
なにも人間のおにぎりを千個でも飲み込む
動物ではない、なのに、「食料がないから」
犠牲にしなければいけなかった、と
いう「屁理屈」で解説する・・・
実際、単に敗戦時にあった、
「集団自決」を象さんに強要したのでは?
?の命令だから、誰も、「No」とは
言わず、言えず・・・の結果では?
戦争と動物、動物園の動物、生と死のはざまで、
ドイツでは、飼育員たちにより守り通された
日本では、・・・
・・・深く考えさせるものがあるのだ・・・
話は今に戻り、幸せのにゃんこたちの話に、
これほども、心温かく、やさしく
悲しい運命の野良ちゃんたちに
接するドイツ人、もしかしたら、そこに
あの悲惨な二次大戦への「反省」から、
営利につながらない、小さな命たちへの
限りない愛情が育ったのでは?
やさしさ とは、自分の心に真摯に
向きあったときに初めて生じるものかも?
戦争、戦争・・・
憤慨した先生方と共に、
あざらし も戦火に燃えてきました・・・
そこで、最近ネット上の
感動的な映像を思い出した:
それは、可愛い猫ちゃんたちが、
大変きれいな、快適な、広々した
室内で、ゆうゆうと歩き、
その顔は幸せでいっぱいなのだ!
なんと!これは、ドイツの
「野良ちゃん」たちのマイ・ホームなのだ!
殺処分皆無、家なし子、捨て子・・・などなど
全て保護され、このような空調完備の
キャット・ホ-ムに預けられ、
食・住安定した上、里親探し・・・
「世界一すばらしい!」と
僕のこころは踊り、「とろけて」しまった?
ヒトラー、ナチドイツなど思うだけで、
こわい!だから、ドイツ人は冷酷では?
という恐れをどこかに持っていた、
しかし、この認識を徹底的に覆した
のは、以下の事実を知った時だ、
ヨーロッパでの両陣営、即
連合軍側 と ファシスト の双方の
最終決戦はベルリン攻防戦だった?
米・ソ連合軍の猛烈な砲弾攻撃に
ベルリン市民は置かれた、
「物語」の舞台はここなのだ:
動物園の動物たちも食事を取りにくくなった。
そこで、動物園の飼育員たちが
なんとしても動物たちを守ろうと、
一生懸命に食事を用意し、
砲弾の中、命がけで
動物たちのところへ運ん行ったのだ、
彼らの心にあるのは、
愛する動物たちのみなのだ!
そのため、砲弾に当たって殉職した方も、
しかし、ほとんどの動物たちが
守られ、無事ベルリン陥落を迎えた。
ここに見られるのは、飼育員という
仕事のプロたちの真のプロ意識、
動物たちを愛する真っ直ぐな純粋な心、
自らの命を投げ出しても、
愛するものを守る、計算抜きに・・・
本当に感涙を禁じえない事実なのだ!
対照的に思い浮かぶのは、日本で、
戦争中飢え死にをしいられた象さん、
「かわいいそうな象」「戦争のため・・・」
といつも聞かされるが、どこか納得いかない
空々しさがあるはなしだ:
象は草でも、麦束でもなんでも食べる
なにも人間のおにぎりを千個でも飲み込む
動物ではない、なのに、「食料がないから」
犠牲にしなければいけなかった、と
いう「屁理屈」で解説する・・・
実際、単に敗戦時にあった、
「集団自決」を象さんに強要したのでは?
?の命令だから、誰も、「No」とは
言わず、言えず・・・の結果では?
戦争と動物、動物園の動物、生と死のはざまで、
ドイツでは、飼育員たちにより守り通された
日本では、・・・
・・・深く考えさせるものがあるのだ・・・
話は今に戻り、幸せのにゃんこたちの話に、
これほども、心温かく、やさしく
悲しい運命の野良ちゃんたちに
接するドイツ人、もしかしたら、そこに
あの悲惨な二次大戦への「反省」から、
営利につながらない、小さな命たちへの
限りない愛情が育ったのでは?
やさしさ とは、自分の心に真摯に
向きあったときに初めて生じるものかも?