トクシマ・ドラゴンのタマゴを見よう!

「恐竜のタマゴ」と聞いたことはあるが、
今回は、トクシマ・ドラゴンのタマゴ?

はい、天羽先生発掘の貴重なタマゴ(玉語)なのだ、
玉のように輝くトクシマ・ドラゴンの言葉なのだ。

天羽先生先生曰く:
鳥居龍蔵関係の古書を買い漁っていると、
面白い本に出会うものである。

ここに紹介する『三百三十三名家洗心道場』
(日本新聞社出版部 1929年3月)は
日本新聞に、1926(大正15)年から1927(昭和2)年にわたり
連載された著名人333余名のコラムを
収録したものである。
 
この一文が掲載された年月日は記載されて
いないので不明であるが、
1926年から1927年にかけての
鳥居龍蔵は東京帝国大学辞職後間もない時期にあたり、
満州調査などに没頭していた時期である。
また留学中の長男龍雄がパリで急死するという
思いがけない不幸に見舞われた時期でもある。

勉学 鳥居龍蔵

 日本人は学校に行く間は仲仲勉強するが、
一度学校を卒えて了ふと全く顧みない。
それに引き替えて、
外国人は学校に学んで居ようが居まいが、
一生を通じて勉強をすることを忘れない。
この点は
我々日本人の学ぶべき所ではないかと思う。

 私は感ずる所あって帝大の理学部を辞して
今は浪人をしてゐる。
然しながら、大学にゐる時とは違って、
近ころは時間の余裕もでき、
読書の時間も充分得られるので、
却って研究には都合がよい。

元来我国では学術の研究といへば、
大学に限られてゐるかのように考えゐるが、
これは悪弊である。
勿論大学は研究には好都合の地位にあるが、
大学以外で出来ないことはない。

私は又、学問というものは
なるべく家庭のものとしたいと思う。

私の家では、家内も子供も皆一緒になって
研究を続けてゐる。
学問は決して学校の専有ではない。
学校にあると否とを問わず、
一生涯を通じて為すべきものと思う。」


天羽利夫〈余白録1〉「東京帝大辞職後の心境」
    『鳥居龍蔵研究 創刊号』   
   鳥居龍蔵を語る会(天羽利夫 代表)


上記、トクシマ・ドラゴンの「玉語」をみて、
その通りと思った:

「生涯学習」というか、
天羽先生が率いる「鳥居龍蔵を語る会」は
正にこの学校枠外の、
大衆的な学問研究なのだ。

龍蔵時代は、官は拡張路線の国策に走り、
「官学」はその国策追随だった。

「学問の真実」第一の龍蔵は
「官学」と別れ、
「民」に立脚し、町の学者として
学問研究を続けたのだ。

「鳥居龍蔵を語る会」に
そうして、過去の「武蔵野会」
今の「武蔵野文化協会」などに
トクシマ・ドラゴンのこの姿勢が見られる。

今の時代だから、民・官・学一体での、
学問研究は最も理想的なのだ。

特にインターネットにより、
学問が、学校の枠組みをはみ出し、
皆が一緒に学問研究に参加する
良き条件がそろってきたのでは?

トクシマ・ドラゴンタマゴの大発掘、
ありがとう!