レイトンさん とは
ハーバード燕京研究所と大学の総長
レイトン・スチュアート さんのこと。
彼は
龍蔵のことを信頼し
大変大事にした。
レイトンさんと龍蔵一家
皆キリスト教徒です。
正確にいうと、カトリックです。
カトリックとは、
元来のキリスト教で、
儀礼などすべて伝統のまま、
今のローマ教会のように。
(今のキリスト教例えば日本のは
かなり日常的になり、
極端に表現すれば「生活相談所」
みたいになっているものも
少なくない。)
龍蔵は
きみ子夫人の影響で
若くして徳島で洗礼を受けた。
科学者によくあるように
神という万物の主を思った
(例えば、アイエンシュタイン)。
きみ子夫人は、幼少時から
徳島の教会で、日曜ごと
パイプオルガンを弾きながら
賛美歌のボーカルを務めた。
その声はまろやかで、高く美しい、
かつ豊かなボリュームありで、
西洋人神父さんたちの絶賛をうけていた。
(この教会は空襲で全滅)
そんな龍蔵ご夫妻の
親友になったレイトンさんは
同じくカトリック教徒であります。
レイトンさんは
通りいっぺんのアメリカ人ではない
彼は中国育ちの米中バイリンガル
中国人まさりといえるほどの
中国語語学力もちの中国通。
大変まじめで
永年敬虔な宣教師として
中国で働き、
教会系大学の設立や
そこの神学教授も勤めてきた、
「燕京」という領地にもかかわった。
その功績と高い素質から
アメリカは彼を「総長」にした。
彼は確かにオールマイティという
才覚を持ち合わせていた。
賞罰がはっきりしたリーダで
純アメリカ式経営でした。
例えば、
教授の盗作事件が起こった時
即全員集合の教授会召集し
事実確認をした。
翌日即学園内大きな掲示板で
この教授の懲戒免職を公表した。
この純アメリカ方式に(米国では当たり前)
学園では「さすがアメリカ!」という
賞賛が上がった!
龍蔵も大きく感慨した:
同じことが当時の東大で起きた時
龍蔵の指摘にかかわらず
「学部長」の龍蔵に内緒で
「周囲」はぐるになって「盗作犯」を逃がした。
それにとどまらず、
学位まで与えた。
「大学のメンツにかかわる」といい
皆必死に隠し通した!
今でも
日本社会で
よく発覚する不祥事も同じ:
会社ぐるみで隠す。
対照的な対応でした!
白黒はっきりの龍蔵も「さすが!」と思った。
・・・・・・・・・・・
アメリカが約束したとおり
龍蔵は自由研究の研究者
研究テーマからスケジュール
すべて龍蔵自身が決め
フイールドワークに出かける。
経費の心配など、全くありません。
戻って論文発表に際し
レイトンさんは
アメリカの大手メディアを招集
英語による発表を行い
世界に向け放送された。
このように、
龍蔵は軍国化に突入した日本を脱し
その研究生活は
中国領内の「小さなアメリカ」で続いた。
アメリカは龍蔵の業績・実力・人柄を
最高に評価し、
これに対応した
最高な研究・生活環境を提供した。
僕の感じでは
ここでの日々は、たぶん、
龍蔵人生における
もっとものびのびした
幸せの日々だったのでは?
ここは龍蔵にとっての
マイ・ホームで、ふるさと だった、
国際的大学者鳥居龍蔵にとっての
最適な環境だった
と思います:
こころやさしく、公正なリーダ レイトンさん
との出会いは、
龍蔵にとって最高な幸運だったかも?
・・・・・・・・・・・・・・・・・
多くの貴重なお話下さった皆さん
本当にありがとうございます!
ハーバード燕京研究所と大学の総長
レイトン・スチュアート さんのこと。
彼は
龍蔵のことを信頼し
大変大事にした。
レイトンさんと龍蔵一家
皆キリスト教徒です。
正確にいうと、カトリックです。
カトリックとは、
元来のキリスト教で、
儀礼などすべて伝統のまま、
今のローマ教会のように。
(今のキリスト教例えば日本のは
かなり日常的になり、
極端に表現すれば「生活相談所」
みたいになっているものも
少なくない。)
龍蔵は
きみ子夫人の影響で
若くして徳島で洗礼を受けた。
科学者によくあるように
神という万物の主を思った
(例えば、アイエンシュタイン)。
きみ子夫人は、幼少時から
徳島の教会で、日曜ごと
パイプオルガンを弾きながら
賛美歌のボーカルを務めた。
その声はまろやかで、高く美しい、
かつ豊かなボリュームありで、
西洋人神父さんたちの絶賛をうけていた。
(この教会は空襲で全滅)
そんな龍蔵ご夫妻の
親友になったレイトンさんは
同じくカトリック教徒であります。
レイトンさんは
通りいっぺんのアメリカ人ではない
彼は中国育ちの米中バイリンガル
中国人まさりといえるほどの
中国語語学力もちの中国通。
大変まじめで
永年敬虔な宣教師として
中国で働き、
教会系大学の設立や
そこの神学教授も勤めてきた、
「燕京」という領地にもかかわった。
その功績と高い素質から
アメリカは彼を「総長」にした。
彼は確かにオールマイティという
才覚を持ち合わせていた。
賞罰がはっきりしたリーダで
純アメリカ式経営でした。
例えば、
教授の盗作事件が起こった時
即全員集合の教授会召集し
事実確認をした。
翌日即学園内大きな掲示板で
この教授の懲戒免職を公表した。
この純アメリカ方式に(米国では当たり前)
学園では「さすがアメリカ!」という
賞賛が上がった!
龍蔵も大きく感慨した:
同じことが当時の東大で起きた時
龍蔵の指摘にかかわらず
「学部長」の龍蔵に内緒で
「周囲」はぐるになって「盗作犯」を逃がした。
それにとどまらず、
学位まで与えた。
「大学のメンツにかかわる」といい
皆必死に隠し通した!
今でも
日本社会で
よく発覚する不祥事も同じ:
会社ぐるみで隠す。
対照的な対応でした!
白黒はっきりの龍蔵も「さすが!」と思った。
・・・・・・・・・・・
アメリカが約束したとおり
龍蔵は自由研究の研究者
研究テーマからスケジュール
すべて龍蔵自身が決め
フイールドワークに出かける。
経費の心配など、全くありません。
戻って論文発表に際し
レイトンさんは
アメリカの大手メディアを招集
英語による発表を行い
世界に向け放送された。
このように、
龍蔵は軍国化に突入した日本を脱し
その研究生活は
中国領内の「小さなアメリカ」で続いた。
アメリカは龍蔵の業績・実力・人柄を
最高に評価し、
これに対応した
最高な研究・生活環境を提供した。
僕の感じでは
ここでの日々は、たぶん、
龍蔵人生における
もっとものびのびした
幸せの日々だったのでは?
ここは龍蔵にとっての
マイ・ホームで、ふるさと だった、
国際的大学者鳥居龍蔵にとっての
最適な環境だった
と思います:
こころやさしく、公正なリーダ レイトンさん
との出会いは、
龍蔵にとって最高な幸運だったかも?
・・・・・・・・・・・・・・・・・
多くの貴重なお話下さった皆さん
本当にありがとうございます!