
デュッセルドルフの日本人の間ではソフトボールが盛んでした。
大会には100チーム位は出ていたでしょうか?
多くは企業のチームでした。
女性も二人以上は出ていないとだめだとか、
1チーム10人で、外野を4人にしたり、和気あいあいとしていました。
私がいたヤングカーターズは、混合チームでユニークな人ばかりでした。
駐在員は3人だけです。
その人たちもユニークで、学生時代に元日も湘南でサーフィンをしていたという人と、
新入社員の時に父親の言いつけを守って、すべての給料を飲み代に使った人とそして私です。
それ以外の人がまたユニーク、
むかしはドイツの飲み屋で暴れていたらしい、空手の先生、
日本の芸大を出て、当地で活躍されている芸術家二人、
ここまでの3人は当時40後半か50歳近くだったかな?
ピアノの調律の方がなぜか3人も、
このうちの一人は独学でドイツ語を学び、現地の会社に手紙を送って採用となッた根性の人で、
ちょうどこの正月に帰国されるそうです。
剣道の普及のためやってきて永住している、不動産屋さん。
先輩を頼ってアフリカに行くはずが、先輩が帰国したため、途中のドイツに居座ってしまった、
外車輸出屋さん、
サッカーが好きでやってきたピアノ屋さん。
日本人幼稚園の先生が4人。
肉屋に修行中の人、
ソフトボールの実力はともかくとして、この方々のおかげで、どれだけドイツの生活が楽しくなったこと
か、、、
また、いろんなことを教えていただいて、助けていただきました。
ヤングカーターズのカーターは酔っ払いという意味だそうです。
その名の通り飲み会が多く、飲めない私はそこはちょっと、、、でしたが、、、
そのときの皆さんとの会話は楽しかったです。
どの方をとっても、かなりの文章がかけるほどの思い出があります。
残念ながらそのチームは今はもうないとか、、、
また、あの人たちとソフトボールがしたいです。
あの頃のようにノルドパークで、、、