昨日の続き。
と、その前に、社会人ってのは大変だわ。
自分の都合だけでは残業も夜勤も許されないし、指示を仰がなければならないし、報連相しなきゃならないし、自分で考えろとも言われる。
全く、営みってのは、こういうことをいうのかいなか。
とにかく、それって無駄じゃね?と言えるほど実業家でもないので、従いますし、反抗しません。
会社ってのは、自由が効かないのかもしれないが、少なくとも、社員を守ろうとしてることがよく伝わる会社だということは確かであって、感慨深い気持ちにもなる。
とにかく、変な会社だなぁとも思う。
すぐ焼き鳥奢ってくれるし、熱い人が多いし、とにかく、できるだけスキルを磨きたいものだ。
それから、自分が文章でできる仕事を率先して任せてもらえていて、(これは給料出ないが)、とてもやりがいがあって、役に立つかはわからんし、キャリアアップなのかダウンなのかわからんが、夢中になってできることがあるなら金を払ってでもやりたいものだ。
昨日、ジョブズやザッカーバーグが同じ服を着る、という話をした。
1日の選択を1つ減らすことで、悩む時間を減らし、キャパを確保するという話だ。
それで、僕がキャパを確保するために決めたのは、
①怒られちまえ、ということ。
怒られるより、怒られないまま何も分からないほうが死にたくなるから、怒られたほうが苦しくないので、怒られるのが怖い時の選択の迷いを捨てた。
これが、なかなかのキャパの確保が可能になった。
だいたい仕事でうまくいかないのはコミュニケーションができてないときだった。
自分のタスクがどれくらいあって、どのクオリティーで、どのスピードでやるのか、それを把握できれば、いっぱいいっぱいにはならない。
無理なら無理と言える。
タスクを抱え込むから潰れる。
できる範囲とできない範囲を早い段階で把握し、報告できればいい。
②休憩は権利だ
休憩はしないと効率が下がる。飯を食わなきゃイライラして、寝ないと集中力が落ちる。
これは、パフォーマンスを最適化するのに必要なわけで、メンテナンスをするのは自分自身なので、体調崩しても自己責任。
だから、自分も周りも仕事に追われてようが、自分が休憩もせず無理することがいい、ということは絶対にない(たまにある)。
だから、自分のメンテナンス作業員として、自分をちゃんとオフにしたり、電力を供給し、油を挿したりする。
何もサボってるなんぞとは言うまい。
サボってる意識はあるが、それは義務教育のせいであるし、部活動のせいであるし、ブラックバイトの経験のせいであるし、考えすぎでもある。
サボる気持ちで行かなきゃ休憩も取れない、気の小さな自分を自覚し、甘んじてサボろう(めっちゃ一生懸命仕事してる)。
③生きる意味ない問題
何かにつけ、生きる意味をよく考えるが、ないんだよ。
逆で、生きてるから、美味しいとか、楽しいとか、気持ちいいとかあるんだよ。
そういうわけで、ご飯、シャワー、睡眠、チョメチョメには抜かりなく。
④ブログを書く
自分のメンテナンス作業員として、最低限ブログだけ書いとけば、精神衛生を保てる。
いや、保てなくていいから、把握できる。
それでよい。
それさえやっとけばよい。
以上、
ざっと、ここらへんだろう。
もっとあるのかもしれないが、ここ数ヶ月で削ぎ落としたもの、アップデートしたマインドなんつのは、せいぜいこんなもんだろう。
でも、これだけで、大分キャパを確保した。
こういった自分のパフォーマンスチューニングは、欠かすまい。
自分が機械だと思って、常にメンテナンスすべし。
また、マトリックスの話になるが、人間の美味しいって言う脳の電気信号を脳に送れば、美味しいと感じるわけで、その信号を機械で脳に送れるようになっちゃえば、いよいよ本格的に人間って機械と何が違うの?問題が浮上する。
スマホはもう人間の手と言っても過言じゃないし、義足義手が当たり前になり、ウェアリングデバイスが普及した暁には、何がデジタルなのか判別不可能な時代になる。
今見えてる鳥が、本当の鳥なのか、空気の分子に映像を投影したデジタルな鳥なのか。
犬や人形でさえ話しかけ、人のような心地を覚える人間が、AIと会話した時、AIに顔があって、名前があったら、もう
それは人間なんじゃないか。
本当の鳥っていったいなんだ。
それが落合陽一のいうデジタルネイチャーの時代なのだ。
ということは、まだ本人に確認取ってないが、だいたいこんなもところだろう。
人間も機械。
メンテナンスしなきゃ。
パフォチューしなきゃ。
続く。