主疾患が、特に急性期症状が治癒したと思われるにも関わらず、その後もそれに関連すると思われる症状があれば、後遺症とされる


これは、誰が診断するかによっても後遺症とされるかどうかが変わるということだろうか


だとすると、なんとあいまいで恐ろしい要素を持ち合わせているのだろう


診断を受ける側は、本当はそうでないと自覚していても、悪意を持って乗っかって利用することもできる


診断する側は、質なんてどうでも良くて、飽くまで受け皿として一儲けできると考える人も出てくるだろう


本当に困っている人たち、本気で治療しようと向き合う人たちに対して、とてもひどいやり方


訪問診療も似たようなことがあると聞く


ある先生からは、これは訪問診療では対応できないと言われ、別のある先生からは、これくらいならできますよ、と言われる


設備の有無でそういう違いが生まれるなら、仕方ない面もあるけれど、それならできる人に相談してお願いしてもらいたい


治療を受ける側としてはそう思う

本当なら治る、もしくは少しでも良くなるなら、そういう治療を受けたい


先生の立場としては、できないと言えないのかもしれないけれど、言わないで実質放置されることは、治療を受ける側にとって、不誠実でしかない


できないこと、わからないことは、正直にそう言っていただいて、どうしたら良くなるか、誰に診てもらえばよくなるかを一緒に悩んでくれる先生なら、普通についていくと思う


だから、やっぱり受ける側としては、質を大切にしたいし、一緒に大切にしてほしい


後遺症の本質とは違う話になったけれど、理想論でしかないかもしれないけれど、ふと思ったことを記す