今日からぼちぼち書かせていただきます「和歌山の昔話」、第1回目はこの話にいたしました。
まず、もし「和歌山で有名なものは?」と聞かれたら何をイメージしますか?
梅、
醤油、
備長炭などいろいろありますが
「みかん」をイメージされる方もいらっしゃることでしょう。
実際「有田みかん」はもはや全国的にも知られてることでしょう。
そしてその
「有田みかん」の生産地・有田市のとなり、「海南市(旧下津町)」もみかんの生産地として有名なんです。
収穫時には山がみかん
一色になる光景は結構地元では有名なんですよ。
この話はその海南市(旧下津町)に伝わる話だそうです。
昔、垂仁天皇(すいにんてんのう)という天皇が田道間守に「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)=
みかんの原種ともいわれている
橘(たちばな)」をさがしてくるようにと命じたそうです。
田道間守はそれをさがしに常世(とこよ)の国(今の中国)へ渡り、約10年の歳月をかけて八本の橘を日本に持ち帰ったのですが天皇はすでに亡くなっていたそうです。
田道間守は悲しみのあまり天皇の御陵(おはか)の前で泣いて、泣いて泣きつかれて眠るように死んでしまったそうです。
それを知った朝廷はこのかぐのこのみ2本を御陵に植え、残りの6本をあたたかい地(橘本=きつもと)に植えたことからこの地は「六本樹の丘(ろっぽんぎのおか)」と呼ばれてる?そうな・・・。
この近くにある神社、
橘本神社(きつもとじんじゃ)には柑橘の神(菓子の神)として田道間守がまつられています。
その神社は世界遺産・熊野古道の九十九王子(くじゅうくおうじ)にもあたり、4月3日には全国銘菓奉献祭(ぜんこくかしまつり)が10月10日には「みかん祭り」が行われるそうです。