次男の行く大学が決まった。
次男は、県外の大学に進むことになり、寮暮らしを始める。
転出届を出し、明日、出発して、一日には、入寮する。
なのでしばらくは会えなくなる。そんなわけで、がらにもなく手紙を書くことにした。
次男は、うざがるかもしれないが、そんなことはどうでもよい。
とにかく伝えるべきことは伝える。
相手がどう受け取るかは相手に任せればよい。
これは、その下書きというかおぼえがきである。

Yに長い手紙を書くのは、たぶん、これが最初で最後かもしれませんね。
手紙なんて、いまさら他人行儀やし、きもいし、重いし、ドン引きするかもわからへんけど、これで最後やと思うから読んでください。
Yには、今まで、いろいろ我慢をさせてしまいましたね。
お兄ちゃんのこと、ほかにも家族のごたごたやら、自分のことでいっぱいいっぱいで、
じっくりYと向き合う時間が少なかったこと、申し訳なかったです。
前にも、何度か言ったかもしれんけど、
小さいとき、家に、友達が遊びに来て、「へんなおにいちゃんや」「こいつおかしい」と、お兄ちゃんをからかったとき、
お母さんはショックで何も言えなかったのに、Yは、
「ここは僕のうちなんやから文句あるんやったら帰って」と毅然と言い返していましたね。
あのとき、おかあさんうれしかった。
そして、何も言い返さなかった自分が恥ずかしいと思った。
たぶん、お母さんは、あの時、「お兄ちゃんは、こんなだから、何を言われてもしょうがない。自分がそういう子を産んだんだから、親も何を言われてもしょうがない」・・それで自分を罰するような気持ちでいたんだと思います。
でも、それはとんでもない間違いでした。
それはとても傲慢な考え方でした。
今も、あのときのことを思い出すとお母さんは涙が出ます。
自分では意識してないかもしれないけど、あなたはあの時。自分のプライドとお兄ちゃんのプライドと母親のプライドを守ったんやと思います。
たとえ。どんな状況だろうと、人が無抵抗の人間を侮辱して、貶めて、平気でいていいわけがないことを示してくれたんやと思います。
そして、今、お母さんはあの時のお礼を言ってないことに気づきました。
今、伝えます。
「あのときはありがとう」
ほかにも、私が家族の誰かに責められるとよく味方になってくれたね。
それで自分がよけい怒られるはめになっても。かばってくれたね。
そのこともありがとうです。
お母さんは、Yの存在ですごく救われました。
今の時代、損得や自分のメリットデメリット関係なしに、自分の心の基準でものをいうことはとても勇気のいることです。
それをしてくれたYをお母さんは誇りにも思うし、自慢にも思います。
産んでよかった、うまれてくれてありがとう。
そう思います。
でも、「ここは僕のうちなんやから」そう言ってくれたからこそ、
だからこそよけいに
本当にこのうちを出ていかなければいけない時がきたら笑って送り出そうとずっと思ってました。
おねえちゃんの時もそうだったし、Yの時も、同じように笑って背中を押したいと思います。
「いってらっしゃい」
でも、もし、「ここはぼくのうちなんやから」って、今も思ってくれてるなら
また休みの日には、たまに帰ってきてください。
いつまでも、ここがYのうちであることに変わりはないです。

                                  母より



-tim