長男の新しいクラスは、仲のいい友達が集まっているようでなにより。
次男の学校には、なんと同じ日能研の同じ校舎出身(特に同じクラスだった人たち)が何人もいるようす。
そういえば、この学校は日能研からの強いオススメもあったところなのです。
いろんな学校をみている日能研からしても、うちの次男の性格や学力からして非常にピッタリだとおされたこともあって、選んだみたいなもの。
今までのところ、本当にそんな印象が強い。
ところで、一般論として、わたし自身の経験としても、「同じようなところで育ち」「同じような教育を受け」「同じような経済価値観の保護者に育てられた」といった「同質性の高い」人たちというのは、「友達」になりやすいものです。
たとえば、地方都市であっても、小中学校までは教育レベルがかなりピンキリの子供たちが席を並べますが、高校に進学する場合は、「学力別」の選別がされるので、「似たような成績」人間がまわりにいる。
そうすると、上も下もないもんで、(その中でまた趣味的なものの偏りに従って)小中よりは、ツーカーの友達ができやすい。これは「同質性」が高まったから。
さらに、大学に進むと、その高校の時の成績をさらに細かく輪切りにした人たちと一緒になる、ありていに言うと、「同じ偏差値帯」の人間ばかりが集まるようになる。さらに学部や学科で細かく嗜好までが縦割りにされた集団となる。
こうなると、さらにマニアックに友達がつくりやすい。ほぼほぼ同じような能力の人間ばかりが集められているわけで。
社会に出ると、そういう均質な能力の人ばかりという場なんてのはほとんどなくなります。年齢差が大きいし、いろんな出自の、いろんな社会階層の人たちと雑多になり、幅広い「大人のつきあい」をしていかなければならなくなります。
そうなると、「友達」なんて言うてる場合ではなく、誰とでも表面上はきちんと和やかに、円滑に仕事が進むように技術的なコミュニケーションを使っていく必要があるわけです。
「高校」あるいは「大学」は、ある程度、能力が当人と同レベルの人たちばかりが集められた集団です。
これに都心部などの「中高一貫校」の場合では、「中学校」時点からそうした「同レベル」の人たち集団で過ごすことになる。
これがつまり、「日能研の同じ校舎同じクラス」から結構顔見知りの子たちが集まっている私立中学という状況なんだろうと思います。
私立中高などを批判する人の中には、「どうせ世の中は雑多な価値観をもつ、雑多な人間の集合体なんだから、中学校のうちから無菌室のようなところで隔離するとロクなことはない」みたいな意見を持つ人も多いようです。そうした意見にも確かに一理あるとは思うのですが、普通「高校」から行われる選別が、3年早く「中学」から行われたところで、はたしてそれほど悪影響があるだろうか、とも思います。
それより「同じような仲間」のいる中学生活を過ごした方が、有意義な感じしない? と思ったりします。少なくとも長男については、絶対にそうだったと、中学をおえたいま、心から思ってます。
あれはADHD気味のパッと見ヘンな人間なんですが、しかし根の性格は悪くないし、頭もまーまー悪くないタイプで、こういうのが、面倒見が良くて「いい子の多い」「いろんな価値観をお互いに認め合える」私立中学に進んだことは、絶対に彼の人生にはプラスに働いていると感じています。
ちょっと学費はかかりましたが、高校受験がない分、塾に行かなくてもよかったし、払った学費以上の満足感は確かに感じられました。
次男も今の進学校なら、勉強の出来不出来はだいたい同じようなレベルの子ばっかりのはずで、背伸びもせず、コンプレックスもなく、自然体でのんびりと、気の合う友達が見つかればいいなと思います。
長男のときにも感じましたが、無理して自分の実力以上の学校に入るようなことはせず、偏差値的には多少ゆとりのあるようなところで、フツーにいられるところが、結局一番だと思います。
「上に上に」ばっかり考えてると疲れちゃうしね。
そんなピラミッドの頂点、エリートのてっぺんばかりを目指してると、自分に満足できなくなっちゃう。
そんな「ピラミッド思想」の中で生きてると、結局、その年東大の理3にトップ合格した人だけが「勝者」で他はみんな「敗者」って思想になっちゃうしね。
それこそ価値観は多様なものだし、世間は雑多なものなわけですから、ガチガチのエリート志向にとらわれているとたぶん不幸になるんだと思います。
中くらいの成績で、中くらいの学校に入って、中くらいの会社に入ったとしても、「進撃の巨人」を読んで感動することはできるし、自分だけの家庭で幸せになることはいくらでもできる。
あーおれ〇〇大学落ちたし・・・とか、ホントは〇〇会社に行きたかった・・・とか、そんな引け目とかコンプレックスばっかり引きずってても、しょうがないんで、自分らしく楽しい毎日がいちばん。
自分に合った学校に行き、自分に近い友達と好きなことを趣味にして、自分にあった仕事をみつけて、自分にぴったりくる家族と、毎日自分らしく生きて行ければそれにこしたことない。幸せは「勝ち負け」じゃない。
春のおすすめ本
【2年前こんなことを書いてました記事】でした。
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