氣の向いた時に、その時の直感で書きたいことをただ綴っているブログなので、
過去のタイトルをみてもテーマはバラバラ笑
ま、これはこれでアウトプットの一つのツールとして大いに役立っているので良しとします。
今日のテーマは『幸せ』のカタチ。
いきなり深いテーマか⁈
と思いきや、
結論から言えば明確に「カタチ」と呼べるモノは在りません。
なぜなら、『幸せ』とは自分の心が決める(感じる)モノだからです。
あなたは、自分の心を「カタチ」として見たことがありますか?
この目に見えない‘‘ココロ”は、
時に自分を癒し、励まし、傷つけ…etc
と常に感情に訴えかけてくる、厄介な様でなくてはならない存在。
その‘‘ココロ”が『幸せ』だと感じている時、あなたは幸せです。
ただ、
○○が手に入ったから、
○○の資格を取れたから、
○○の役職に就けたから、
○○件の契約を取れたから、
○○に「好き」と言われたから、
○○円貯金できたから、
なんて理由ありきの『幸せ』は、
本当の幸せと言えるのでしょうか?
=それを失えば、不幸になるということではないでしょうか。
何かが出来た(達成した)から幸せを感じるというのは、この世界(物質世界)を生きている私たちにとって、
手っ取り早く分かり易いモノかも知れません。
ですが、
生まれた時に何も持っていなかった様に、
死ぬ時も何も持っていけません。
「カタチ」の在るモノはね。
そこに氣づくと、
毎日平和に暮らせること、
不安なく眠れて起きられること、
飢えに苦しまず過ごすことが出来ること、
健康で身体を自由に使えること、
家族の笑顔に囲まれていること、
友の応援があること、
こういったことにも『幸せ』を感じられませんか?
このブログを読んで下さっている方は、日本に生まれ、恵まれた生活を送っている方が殆どではないでしょうか。
世界では、飢えで毎日数万人が亡くなる一方、
日本では、毎日数万人分の食料が棄てられている現実。
規模が大きすぎる?
いや、規模なんか何にも関係ない。
そんな恵まれた日本で生活しているのに、
自ら命を絶つ人が年間数万人。
なぜ?
‘‘ココロ”が『幸せ』を感じられないように自分自身を追い詰めているから。
なぜ?
突き詰めると、
「自分を愛する」ことが出来ていないから。
『幸せ』は外に求めるものではなく、
自分の内に‘‘ただ在る’’モノ。
目の前(自分の内)にある『幸せ』に氣づいて感謝しよう。
誰だって、今すぐに『幸せ』になれるのだから。。。
(最後まで読んで下さりありがとうございます(^^))
中村 拓哉
