いつも観させてもらっている女の子のブログで、
医者と結婚がしてみたいと書いてあった
のを観て、思わずその子に、
反対意見をコメントしてしまった・・・・・。
もう十年も前の事だから・・・、
自分では忘れているつもりだった・・・。
自分が、27歳のときに、友達が起こした喧嘩に
巻き込まれて、大怪我をして、救急病院に
担ぎ込まれて、生死の間を彷徨った。
なんとか、命に別状がないところまで、
回復した時に、看護婦さんから、
僕の命を助けてくれた先生に会わせてもらった。
同い年くらいのかなり綺麗な女医さんだった。
駄目もとで、食事に誘ったら、
なんとオッケーしてくれた。
食事に行って、話してみたら、なんと彼氏と別れた
ばかりと聞いて、何度かデートを重ねていくうちに、
可愛らしいところや天真爛漫なところに
魅かれてしまって、気がついたら、
どんどん好きになっていってしまいました。
そして・・・。一年が過ぎ、僕は、
10月27日の彼女の誕生日に
プロポーズをしてしまいました。
彼女の返事は、こんな私だけど、よろしくお願いします。
という嬉しい返事が返って来ました。
問題は、その後、だったのです・・・・・。
彼女は、都内の救急病院の一人娘なのです。
しかも、超がつく程のファザコンでした。
成城にある彼女の両親の見上げる程の大豪邸に、
挨拶(お嬢さんを僕に下さい)を
彼女のお父さんに伝える為に伺ったら、
予想だにしない対応で、
「娘がそうしたいのならばいいですよ」。
という想像もしてなかった返答。
正直、今まで生きていた時間で、
これほど舞い上がった瞬間は、無い事でしょう。
そして、僕が帰る時に悲劇のカウントダウンが
始まっていました。
彼女のご両親から、後日、三人だけで、
お会いできませんか?と・・・・・。
次の日、予想どうり、
うちの優子と別れてくれないか?
とご両親。
それと、額面に一千万と書かれた小切手が、一枚・・。
どうやら、ご両親は、今までの僕の経歴を
洗いざらい調べていたらしいのです。
新宿で、ホストをしていた事。暴走族をしていて、
少年院に行った事があること。
そのうち、彼女のお父さんが土下座して、
頼み始めたので目の前の小切手を粉々に破り捨てて
わかりました。
優子さんとはもう会いません
と、言い残し、その場を去りました・・・・・。
それから、優子には、友達の保証人になってしまって
巨額の負債を背負ってしまったので、
アメリカに、仕事をしに行くから、
結婚は白紙に戻してくれ。と、携帯の留守電に残し、
その次の日に、友達のつてを頼り、
ニューヨークに旅立ちました。
その数年後、彼女は父親の勧めで、
三井物産のエリート商社マンと結婚したと
風の便りに聞きました・・・・・。
その人には、その人の住む世界がある・・・・・。
そんな事を思い知らされた
20代の頃の苦い思い出でした。
だから、僕は玉の輿という安易な考えは、
いろんな人(自分も含めて)を不幸に
するだけのような気がしていますね・・・・・。
ご意見があれば、コメントにお書きください。