何故か時々3時半とかに目が覚めつつも結局ちゃんと目が覚めたのは8時過ぎだった。起きてからもいつものごとくベッドで携帯触りながらだらだらして、9時頃には起きて身支度をしパッキングも完全に済ませた。チェックアウトも済ませ出ようとしたときに、チェスのフランス人が降りて来て少し話した。例の3試合目をしたかったが、チェックアウトを済ませているのに居残るのが気が引けたのと、ボストン行きの列車の駅まで余裕を持って出たかったので出発することにした。Facebookだけ交換し、ホステルを出てとりあえず朝食は食べようとSUBWAYへ。

Wi-Fiが使えたのでそこでしばらく時間を潰してから列車Amtrakの駅まで地下鉄で移動した。思いの外スムーズに着いたので出発まで1時間近くあったので駅のWi-Fiにつなぎ、更新できていなかった昨日のブログを更新しているうちに出発時間が来たので列車に乗り込みフィラデルフィアを後にした。フィラデルフィアは5日間もいたが結局ニューヨークにいたりなんやしたのであまり見てまわる暇はなかったが、おそらく時間があったとしてもそれほど見るものはなかった気がする。フィラデルフィアの人、ネガキャンしてごめんなさいwただフォローする訳ではないが、街並みは本当にきれいだった。これは間違いない。
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電車の中ではずっとこの旅行中に仲良くなったカナダにいる友達と連絡を取っていたので、ボストンに着くまでの6時間はあっという間だった。無事ボストンに着き列車を降りた瞬間“寒っ”てなった。フィラデルフィアから電車でわずか6時間ほどなのに気温は全然違ってフリースを着ていても肌寒いほどだった。1週間前まで真夏の中にいたのに。
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地下鉄の駅まで行き7日間のフリーパスを買い、ホステルの最寄り駅まで乗って、駅からは歩いて20分ほどだった。もうだいぶ暗くなっていたのでちゃんとは見渡せなかったが、ボストンはフィラデルフィアとはまた異なる雰囲気のきれいな街並みだった。マイアミを懐かしむことが多すぎていまいちフィラデルフィアではテンションが上がらなかったが、久々に歩いていて楽しくなった。

ホステルでチェックインしていると、奥からこの前の土曜にニューヨークのカフェで会った日本人一人が出て来てくれたので、荷物だけ置くと夕飯を買いに一緒に外に出た。土曜の記事に書き忘れたが、カフェで話している間にバックパッキングの話もしたら何か触発されたらしくその場でボストン行きを決めていたので、連絡も事前に取っていたし驚きはしなかった。むしろ再び見知らぬ土地に一人で着くより知っている子がいて少しほっとした。

ちなみにホステルの雰囲気はさすがに”Backpackers Hostel”という名前だけあって、バックパッカーが多くみんなフレンドリーで話し掛けやすい一方で、施設はきれいとは言えない状態だった。そこまで汚いという訳でもないのだが掃除が完全に行き届いてないのはあちこちから見受けられたし、特にキッチンに関しては半分のコンロが使用不能で洗い物もされずに放置されていたりとカオスそのものだった。

話を戻してホステルの外に出てあちこちマップで調べたところを巡った中で安いスーパーでラーメンの材料やらなんやらを買いホステルに戻って、作り夕飯を済ませた。さすがにパスタばっかりで飽き飽きしていたので何か新しいものを求めた結果がラーメン。味はいまいちだったが新鮮さはあったのでよしとしようw

その後またしてもビリヤード台があったのでビリヤードをしたり、その場に居た日本人やアメリカ人、ドイツ人たちと話したりして時間を潰し、結局なんとなくで起きていると3時近くになっていた。

さすがに眠くなったので部屋に戻り就寝。
昨日の夜から。
ブログを更新した後、まだしばらくロビーでSNSをいじいじしていると2時過ぎに酔っ払った集団が帰って来てサッカーゲームやらなんやらで遊んでいたが、その内の一人がチェスをしようと誘って来たので内心めんどくさかったが付き合った。フランスから来ているバックパッキング中の男の子でなかなか知的な感じはしたが、あまりチェスもやったこともないので適当にやっていると何故か勝ってしまった。そのフランス人も“Nice player”と言ってくれたが、ほんとにまぐれ勝ちなので複雑な気分だった。その後もしばらくWiiなどをして遊んでみんなも上がって行ったので、トーストだけ食べて僕も3時頃には部屋に戻り就寝。

今朝は寝たのが遅かったため起きるのも遅く10時頃には目が覚めたが、いまいち動く気力もなく特に予定もなかったので携帯をいじりながら12時頃までダラダラしていた。さすがにお腹が減ったのでキッチンに降り、残っていたトーストを全て食べた。その後もしばらく何もせず物思いにふけっていたが、さすがにすぐ近くにある自由の鐘は見に行かないとと思い外に出た。自由の鐘はアメリカが独立した際に打ち鳴らされたという、ある意味アメリカの独立の象徴でもある。

ホステルからは歩いて5分ほどで着いたが、さすがに昼過ぎだったので観光客が列をなしており、入るまでしばらく並ばなければいけなかった。簡単なボディチェックだけ受けて中に入り、展示などは全てスルーして鐘を見た。どうってことはない鐘ではあったけど、この鐘がアメリカの始まりかと思うと感動はあった。先入観や思い込みというものは怖いもんや。
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自由の鐘がある建物を出るとしばらく街を歩いた。街並みがきれいなので歩いているだけで何か癒される気がして、しばらく当てもなくフラフラとしていると、無性にアイスが食べたくなったので御馴染みのセブンイレブンで安いアイスだけ買い近くの公園で一休みしてからホステルに戻った。なんか書いてて隠居生活みたいな気がして来たw
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ホステルに戻ってからは洗濯をしたり、ブログを書いたりと今度は主婦のような生活をしてから、明日がもうボストンへ向け出発する日なので軽くパッキングを済ませ夕飯を作りに。洗い物が楽なように小さい鍋に残りのパスタを使い切ろうと全部ぶち込んだら凄まじい量でなおかつ毛玉のように全部固まってしまい、最悪な味になってしまった。結局全部食べきれず泣く泣く捨てた。こういうことをしてるからお金がどんどん飛んで行くんやろう。

ロビーに戻るとまた映画鑑賞会をやっていたが前回と同じやつだったので見ずに、パソコンや携帯をいじっていたら、映画も終わったようで昨日の深夜チェスをした子がリベンジを挑んで来た。当然のことながら今回は負けてしまったが”これで1対1やからもう一回せなあかん”(もちろん英語)と言っていたが後でしようと言い、もう一本映画が始まっていたのでそれを観に行った。
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映画が終わる頃には0時前になっていたので、チェスをしようと言っていたフランス人も寝てしまったようなので僕も部屋に戻り就寝。

19日目はここまで。
昨日の続き。
お寿司屋を出た僕らはボウリング場の場所を調べそこに向かっていたが、さすがに週末のニューヨークは眠らない街らしく道は人で溢れていた。途中再びタイムズスクエアを通りかかったときに、雨で人が少なかったので道のど真ん中で友人とお互いに写真を撮っていたら近くを通った黒人に“ハッハー”と大きく笑われた。
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ボウリング場に着き料金を聞くと中々な値段がしたので躊躇したが、とりあえず中を見てみるだけ見てみようという話になり、レーンのところに行ったが”やっぱりボウリングは大人数でやるもんやし”とか“また日本か韓国でしよう”とお互いに言い訳しながらボウリング場を出ると、再びアイスを食べながらフラフラと夜のニューヨークを歩き、最終的に小さめの4時まで開いているアイリッシュパブに入った。

そこで何故か二人とも嫌いなビールで乾杯し、まずさに顔をしかめながらも色んな話をした。すでにマイアミでもニューヨークでもかなりのことを話した気がするのに、まだまだ話題は尽きず閉店の4時近くまで飲みながら話し続けた。向こうはどう思っているかはわからないが、こんな短期間でここまで話せるものなのかと驚くくらいなんでも話せた。しかも友人とは同い年なのだが子供っぽい振る舞いをする一方で、考え方は大人びており刺激を受けた部分もあったし、さすがに女の子一人でアメリカを旅しようと思うだけあってしっかりしていて、曲げないところは曲げないという芯の強さも感じられた。将来のことや自分のあるべき姿のこと考え出すくらいの21歳という年齢の二人のためか、お互いの考えを話し、お互いに意見を言い合って非常に有益な時間を過ごしたとも思う。

4時前にバーを出て、自由の女神を見るためにフェリー乗り場へと向かった。さすが眠らない街、地下鉄も24時間運行で、また逆方向に乗るというミスをしつつも無料フェリー乗り場に着き、そこからフェリーに乗った。まだ暗く気温も低くて寒かったが、せっかくなので外のデッキから自由の女神を見た。前回は昼間に見たため、暗い中に浮かび上がる自由の女神は新鮮できれいだった。友人は写真を撮るのに必死で話し掛けられないくらいだった。
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ターミナルに着くと再びマンハッタンに戻るため、コーヒーだけ買うとさっき乗っていたフェリーに滑り込みで乗り込んだ。帰りも友人は必死で撮っていたがやっと納得の写真が撮れたようで、途中からは中に居た。マンハッタンの南端のターミナルに着くと、もう時間もあまりなかったので友人が荷物を預けているホステルに地下鉄で向かった。さすがにバイトで夜通し起きていることに慣れている僕でも眠かったが、それは友人も同じようで地下鉄の中では眠ってしまっていたので僕は乗り過ごさないように必死で起きていた。

目的の駅で降りホステルまで行けたはいいが、ホステルの窓口が8時まで開かないらしくやっとスタッフが降りて来た7時45分まで待っていた。友人はカナダに行く列車の時間はずっと8時40分と言っていたが、荷物を受け取ってその中にあるチケットを確認すると8時15分ということに気付き、やばい!となり、タクシーを捕まえて駅まで行った。無事発車時刻の10分前には着いたが時間に余裕はなかったので慌ただしく別れを済ませ友人は駅の中へと入って行った。

また韓国で会う約束はしたがもうしばらくは会うことがないと思うとまたもや悲しみが込み上げて来てしばらくその駅から動けなかった。そこでふとアイリッシュパブにいるときに後で読んでと渡された、その場で韓国で書いてくれた手紙があったのを思い出し、取り出し韓国語翻訳のアプリと格闘しながら全部読んでみた。

読みながら途中から涙が止まらなくなって来て一人で駅で号泣してしまった。自分でもきもいと思うwしばらく悲嘆に暮れてぼーっとしていたが、帰りのバスが迫っていたのでバス停までゆっくり歩き、バスに乗り込むとさすがに眠くあっという間に眠りに落ちてしまった。フィラデルフィアまで全く目が覚めることもなく、着いてからも半分寝ながらホステルまで歩き、部屋に着くやいなやぶっ倒れてさっきまで寝ていた次第である。

夜に起きてからは溜まっていたブログを書こうとロビーに降りると、おととい話し掛けた日本人が他の日本人と話しており、しばらくその3人で話しながらブログを書いていた。おとといからの知り合いにはなんか元気がないですねと言われてしまった(笑)その二人も寝に上がってしまったので一人パソコンとにらめっこしながら今に至る。

ということで今日はここまで。
この日は前日連絡とっていたマイアミで知り合った友達がニューヨークにいたので、フィラデルフィアからニューヨークは近いしフィラデルフィアに5泊は長過ぎるためニューヨークに遊びに行くことにしていた。朝7時に出るバスだったので4時45分には起きて身支度を整えると昨日買ったバックパックに荷物を入れてバス停へ出発した。

余裕の時間に着いたのでSUBWAYで朝食を買って食べ、時間通り到着したバスに搭乗。わずか2時間ほどで着き、待ち合わせ場所に向かったがまだ時間には早すぎたのでスタバでブログを書きながら時間を潰した。約束の15分前くらいから居たのだが約束時間を30分近く過ぎても来ないのでこれはなんかおかしいと思って、近くを歩き回ってみるとお互い勘違いしていたみたいで1ブロック先に友人はいた。

お互い謝りながらマンハッタンの街を歩き始めた。チャイナタウンやリトルイタリーの方に向かう予定で、ずっと歩いていたのだが地図を見て先導してくれたのはその友人だった。僕も地図を読むのは得意な方だがニューヨークは不慣れだったし、どうやら地図を読むのは友人の方がさらに得意なようだった。歩きながら見つけたGAY Stという通りの角にあったカフェの名前が”Why not??”だったのは友人と二人苦笑した。その後もしばらく歩き続け、マイアミのときみたく途中でアイスを買って食べたり、葉っぱを使った韓国のゲームをしたりしつつ、無事チャイナタウン付近に着くとそこはカーニバル状態だった。
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週末だったっていうのもあるのだろうけど、完全に歩行者天国で路上には出店がありどこを見ても頭頭頭。半端じゃない人の多さでまともに歩けないレベルだった。時々買い食いしつつ、中国語も話せる友人がチャイナタウンにいた中国人に話し掛けオススメのレストランを聞いてくれそこに出向いた。

まあなんていうか、そのレストランは地元の中国人向けの大衆食堂だったらしく、味はまあまあだったし値段も安かったのっで良かったっちゃ良かったのだが、押込められてる感と周りの中国人のうるささには二人辟易したものだった。

レストランを出ると次なる目的地、自由の女神を見に行くためにマンハッタンの南端の港に向かった。その間もすっかり友人をあてにして全く地図を見ずに安心していたら、たまに電車を違う方向のに乗るというミスをしていたが、それは友人のせいではなく地下鉄のややこしさと僕も全く確認しなかったことに起因するものだった。

無事港に着いたはいいものの、すでに夕方でしかも週末だったためかその日のツアーのチケットは完売しており買うことが出来なかった。しばらく近くのスタバで今後の計画を立てたが、ボウリングしたいと言ったり無料のフェリーで少し離れたところから自由の女神を見る案が出たりとか晩ご飯も食べたかったが、午後8時から友人がミュージカルを観に行く予定だったため、全てする時間は当然なく結局9.11のメモリアルを見に行くことにして歩いて向かった。

入場料は無料だが募金が提案されていたので少額だけ募金をして中に入ると、なんとも言えない雰囲気だった。9.11はまだ僕が小さい頃だったし、誰か身内がなくなったとか特別自分に関係するところではなかったのだが、それでもまさにこの場で12年前に多くの人がテロで亡くなったと思うといろいろ考えるところはあった。
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9.11メモリアルを出るとブルックリン橋を観に海岸に向かった。その道中友人がホステルには泊まらず一晩中観光をするつもりだというのを初めて聞き、また僕もまだ話足りないしもう少し遊んでいたかったので、夜に帰る予定だったのを変更し、朝まで遊ぶことにした。途中”Oyster Festival”とかなんとかでチャイナタウンもびっくりの人の多さで夕方にも関わらずみんなビールを片手に騒いでおり、非常にうるさかったが通って雰囲気だけでも味わうと中々に楽しかった。
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海岸に着くと大変な強風ではあったが、ちょうど日も暮れ始めており橋のライティングもきれいでたまらなく良いロケーションだった。
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しかしミュージカルまで時間もなかったため、すぐに移動しブロードウェイへ。僕もミュージカルは観てみたかったが当初帰る予定でチケットもとっていなかったし、いずれにせよ高額だったのでミュージカルは観ず、終わるまで近くのカフェで待っていることにした。

友人がシアターに入り別れ、すぐ前にあるカフェにブログでも書いていようと入って飲み物を買い、席に座ろうとするとふと日本語が耳に飛び込んで来た。パッと振り返ると日本人3人が居てばしっと目が合ってしまったが、いきなり話し掛けるのもどうかと思い、とりあえず知らんふりをしてブログを書こうと思ったが、なんせアメリカにも関わらず日本語が隣からばしばし聞こえて来るもんやから我慢できず話し掛けた。語学留学でニューヨークに来ている3人組で年齢も出身も様々だったが話しやすく、結局3時間近く友人を待っている間ずっと話していた。

ミュージカルが終わる時間になったので日本人3人とは別れ、カフェを出てシアター前に向かうとちょうど友人も出て来たところだった。ひどくはなかったが外は雨だった。タイムズスクエアが近かったのでそこに向かい、寒くなって来たので友人と二人フリースを買い外に出ると、雨は本降りでかなりひどかったが相変わらずのワイルドさでフードをかぶり外に出て遅めの晩ご飯を食べるためのレストランを探しに。

結局日本食のお寿司屋さんにしたが、着く頃には二人ともかなりビショビショになっていた。スタッフが日本人だったので、日本語で日本酒と適当に食べ物を頼みゆっくりと話しながら食べた。わさびが好きとか言いながら死ぬほどわさびをたまりの中に入れて食べた後に、あまりのからさに悶絶している様子には笑わされた。もう閉店間際だったので帰る頃にはほとんど客もいなかった。

雨は少しましになっていたとはいえ、それでもまだ傘が必要なくらいは降っていたがフードをかぶって外に飛び出した。
と、この辺りで日付が変わっているのでここで17日目は一旦終わり。続きは18日目に記すことにする。
前日はブログが書き終わるとすぐに寝たので10時半頃には寝たはずなのに、朝は9時まで全く目が覚めなかった。移動やなんやで疲れていたのかもしれない。身支度を一通り済ませると金土日は朝ご飯がフリーでシリアルが食べられるので、絶賛節約中の僕は当然それで済ませた。

早速地図やらパンフで一通りの地理を頭に入れると手ぶらでホステルを出た。しばらく街を歩いたところでフィラデルフィアが”歴史と芸術の街”と称される所以がよくわかった。建物の雰囲気や石畳(とは言わないのだろうけど)になっている道などからは歴史が、また道路脇に一般人が展示しているオブジェや絵画、店の看板からさえ芸術を感じることが出来た。
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正直来るまで大した期待もしておらず、単にマイアミからボストンまでの日程の間を埋める形で宿泊を決めたのだが来て良かったと思った。街を歩いているとNYやワシントン、マイアミとも異なる雰囲気で中々に見るだけで楽しめ、またもう一つ気付いたのがハロウィーンのゴリ押し感である。あちらこちらにハロウィーングッズ専門店が見かけられ、またそれと関係があるのかゴーストツアーの宣伝も多く見られた。つまり要約するとフィラデルフィアは”歴史・芸術・幽霊”と行った感じか。日程的に参加はできないのだが毎週土曜と火曜には宿泊先のホステル主催でゴーストツアーが開催されている。
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途中Appleの店を見つけたが、その前には大行列が出来ていた。そういえばどっかのニュースでiPhone5sの発売日だとかなんとかは見た気がしなくもない。かなり世間から置いてかれてるwまたハードロックで集めているピンバッヂを買ったが、店員さんがおばちゃんの家が千葉という気のいいお兄ちゃんで、日本語も少し喋れるし、ピンを集めているのを僕の帽子を見て気付いてくれたみたいでピンバッヂを買うともう一つただでつけてくれた。ホステルでぼっちで落ち込んでいたがその一件で少し元気が出た。
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結局2時間半ほど歩き続け、さすがに歩き疲れたのとお腹も減ったので一旦ホステルに戻り昼食を取ることに。買い置きのトーストにジャムで物足りなさを感じつつも夕飯を多くしようと決めて気持ちを落ち着かせ、部屋に荷物を取りに戻ると日本人と思しき男の子がチェックインしていた。

英語力を上げることが目的なので日本人に話し掛けるのは不本意なのだが、フィラデルフィアについてから心細さを感じていたので話し掛けてみると、なんと同い年で京都の大学に通っている子だった。地元も西宮と実家に近く親近感もあり、しばらくお互いの旅程の話などをしてからロビーに降りると今度はよくロビーで見かける子が居たので、すっかり日本人と話して勢いに乗っていた僕は話し掛けてみた。

その子はメキシコの大学に通っていて国際発達だかを勉強している一つ歳下の子で、フィラデルフィアにいる友達に会いに30時間かけて列車で来たという。友達の家は狭く泊まるスペースもないからホステルに泊まっているらしいのだが、そこまでして会いたい友達がいることに驚きを覚えた。僕ももちろん仲のいい友達はいるがその友達に会うためだけに30時間もかけ、なおかつその友達の家ではなくホステルに泊まることはしないと思う。

キリのいいところで再びホステルを出て街を歩き始めた。午前中とは違うサウスストリートと呼ばれる、ネットで調べた感じ日本で言う原宿や渋谷のような雰囲気らしい通りを歩いたのだが、確かに若者が多くそんな感じだった。パブやバーも多く、活気のある通りだった。サウスストリートを抜けると後はフラフラと適当に歩き、途中で小さめのバックパックを買いホステルへと戻った。
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ホステルに戻りWi-Fiに繋ぐとマイアミで仲良くなった友人からメッセージが届いており、その子としばらくやりとりをしていた。ニューヨークへ行ったらしいのだが無謀にもホステルを予約せず行き、当日予約しようとしたらすでにどこも埋まっていて泊まるところがないと焦っている内容で、すでに僕も二日目に似た経験(アメリカバックパッキング2日目参照)をしているので、その話を交えつつ一緒にオンラインで探していたのだが、やっぱりどこも直前では埋まっており見つからなかった。結局ホステリングインターナショナルの巨大なホステルに直接行くことに決めたようで一旦連絡を切った。

ホステルのキッチンで前日と同じくベーコン入りのクリームパスタを予定通り多めに作り、お腹一杯食べるとこの日はロビーで映画鑑賞会をしていたのでそこに参加しゾンビ映画を宿泊客みんなで最後まで観た。ニューヨークの友人からも無事宿泊先を見つけられたと連絡があったので次の日は早朝に起きる予定だったので、次の日の準備だけするとすぐに寝た。
今日で折り返し!!
まずは昨日の夜から。
ブログにはさっさと寝る予定と書いたものの、マイアミで仲良くなった友達と連絡を取ったりしていたら夜も更けて、さらに友人も道連れにして結局ホテルのプールサイドのチェアに座り、電気が消される3時頃まで話をしていた。


しかし今日がラストチャンスだったので、3時過ぎに寝たのに少し寝坊はしたものの7時前には起きて速攻でビーチへと向かった。天気は悪くはなかったが水平線沿いには雲がかかっており、残念ながらサンライズは見ることが出来なかった。しかし朝焼けで空が赤くいつもとは違う表情のマイアミの景色を見ることが出来たのでよしとする!
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わりとすぐにホテルへと戻ると身支度、朝ご飯を済ませ4泊お世話になったホテルを出た。なんかこの4泊はあっという間だったし、マイアミホステルとは違い後ろ髪を引かれることは全くなかった。

順調にバスにも乗り空港へと着くとまだしばらく時間があったので友人とフラフラ空港内の店を見てまわった。お土産を買おうかと思ったが、マイアミビーチのお土産屋で目をつけていた”I’m in MIAMI BITCH”と書かれたショットグラスは置かれていなかったので結局特に何も買わなかった。まあマイアミの入り口的な空港にそんな下品なジョークの商品は置いてないのは当然か。

まもなく友人が先にニューヨーク行きの飛行機に乗るためゲートへ行きついに別れた。この2週間ずっと一緒にいたのに別れは案外あっさりしたもので、”じゃあな!”と一言二言で済ませついに一人旅が始まった。まあ友人には地元で会えるしそんな大げさな別れをする方がおかしいのかもと思ったり。

その後はしばらく自分の飛行機の時間まで適当に過ごし、昼もパンで安く済ませ自分のフィラデルフィア行きのゲートに。国内線やから荷物チェックとかもスムーズに行くかと思いきや、ポケットの中身まで全て出さされて国際線レベルの超厳重チェックでなかなか抜けられなかった。

ゲートを抜けるとそれほど離陸まで時間もなかったのであまり待つことなく搭乗開始。左右に3列ずつのシートで僕は右側の3列の通路側の席だったのだが、横二人がえらく美人のヨーロッパ系の女性だった。しかも離陸後は隣の子がキャミソールみたいなの一枚になりこっちに谷間を見せつけるように向いて寝るのでなかなかソワソワして落ち着かなかったのは男なら理解してもらえるだろう。しかし気付いたら寝ていたようで2時間半ほどのフライトは一瞬で終わった気がした。
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フィラデルフィアは空港に着いて降りた瞬間からマイアミとはちがう雰囲気がした。どこがって雰囲気としか言いようがない。空港で観光案内のパンフを物色した後、空港を出て電車を待った。路線図を穴が開くほど睨みつけ、ホステルまでの乗り換えを叩き込むと30分に一本というなかなかのローカルっぷりの電車を待った。

まもなく乗り込み、特に困ることもなく正しい駅で乗り換え、ホステルの最寄り駅に着いた。やっと降り立ったフィラデルフィアの町並みは、若干先入観もあるのかもしれないが歴史を感じさせる雰囲気がした。ホステルの周りにはパブなどもあり、すでに6時半をまわっていたので賑わい始めていた。

なかなかホステルの場所がわかりにくくやや迷ったが裏道みたいな通りからホステルに入ると感じのいいお兄ちゃんがスタッフで、一通りホステルの説明を受けた後鍵の暗証番号をもらった。初めての暗証番号式のドアだった。

中はきれいのだが広く、地下一階から3階まであり、部屋は3階だった。男のみのドームでだいたいMAX16人くらい入れる巨大な部屋だった。同室に居た人に少し声を掛けてみたら愛想が悪くメンタルが早速崩壊した。部屋に荷物を置くとキッチンやランドリーの一通りの設備を見ると買い出しに。

近くにスーパーがあったので大量に食材を買い込んだ。もちろんパスタはその中に入っている。ホステルに戻ると今回のバックパッキング初の一人料理。なんとメニューはパスタ!!またかよって感じやけど今回はソースをクリームにして具はベーコンにした。胡椒など調味料も揃っていたのでいつもの手順で作り一人寂しく食した。味は自分で言うのもなんやけどなかなか。ずっとトマトソースやったからクリームソースが新鮮やったっていうのもあるかも。
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その後はこうしてブログをロビーで書いているが、なかなかに周りに話し掛けづらい。それが一人になったからなのかフィラデルフィアだからなのかはわからないが、一人旅の始まりは順調ではあるが寂しいものとなった。
今日はここまで。
ついに二週間!
昨晩はブログを更新した後すぐに寝たので省略。

今朝は8時半には目が覚めたがベッドでゴロゴロしていて、結局起きて身支度を済ませロビーに朝食を食べに降りたときには9時半を回っていた。メニューは変わっていないが、相変わらず豪華な朝食を食べて部屋に戻り再びダラダラ。

今日は久々に快晴とまではいかないが良い天気だったので、やっとこさホテルのプールへ。ビーチボールや浮き輪、ビーチチェアなども揃っており思う存分遊んだのだが、深さがMAX8フィートもありなかなかにスリリングなプールだった。マットもあり快適なビーチチェアで久々の太陽光を浴びながらくつろいでいると、お昼時になったのでそのままキッチンへと戻った。
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昨晩はありがたい申し出で晩ご飯をごちそうになったため、使う予定だったパスタの材料が残っていたので昼食はそれにした。僕がブラックペッパーをかけすぎたためやや辛すぎたが、そこは男飯なので気にしない。

運動してお腹も満たされたところで部屋に戻り再び休息を。ほんとにマイアミに来てから気ままに過ごしまくって脳内楽園状態になってしまっている気がする。帰国して本当に真面目な学生に戻れるか自信がないw

晩ご飯は友人がアメリカ最後の夜だから少し贅沢しようという話になっていたので、例の如くオーシャンドライブへと出向いた。バスを使うことも考えたが天気も良かったしまだ昼過ぎで夕飯には早かったので、ビーチを歩くことにした。しばらくビーチを歩いたところで再び市街地へと戻り、街をぶらぶら散策。
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歩いていると、確かここはロシア人やフランス人との夜の散歩で通ったところやなとか、韓国人の子と訪れた場所やとか、すでに懐かしく思うことが多々あった。散策したりアイスを食べながらウロウロしてもなお時間があったので、再びビーチへ行き砂浜で座り友人と色々話をした。今日で行動を共にするのも最後と思うと話しながらも少し寂しかった。
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しばらくビーチでぼーっとしたところで夕飯時になったので、オーシャンドライブに戻り、初期の頃から気になっていたお店へ行った。そこは屋外ながら爆音でクラブミュージックを流すバーみたいなところで、ハッピーアワーでフードもドリンクも半額だったので思い切り良く頼んだら、食べ物飲み物ともにアメリカンサイズの凄まじいデカさで出て来て吃驚。
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すべて食べ終わる頃には文字通りお腹もふくれ、なおかつ酔っぱらっていた。しかしほぼ完食しチェックを済ませると、お腹いっぱいで苦しいものの元気ではあったので歩いてホテルまで戻った。

部屋に戻ると新しく韓国人二人とドイツ人一人がチェックインしており、いつも通りWhere are you from??から始まりしばらく歓談した。なかなかにユーモアに溢れた韓国人で話しながら笑いが絶えなかった。韓国人二人は夜の街へと出て行き、ドイツ人もシャワーを浴びに行ったので途端に静かになり、今日でマイアミも最後でなおかついくつかの要因が重なり感傷的な気分になって来たのでひたすらYouTubeでバラードを聞き漁ってたらさらに感傷的になって泣きそうになった(笑)

そしてブログを書き始め今に至る。
明日は朝日を見にビーチへ行く予定なので今日は早く寝る予定である。
14日目はここまで。
前日は2時くらいに寝たが、韓国人の友人が今日マイアミを発つため最後にビーチへ一緒に行く約束をしていたので、7時前には起きて身支度を整えバスで前のホステルまで行った。その行きのバスで素晴らしい運転手に出会った。どう素晴らしいかというと、愛想がいいのはもちろん、老人がバス停で乗って来たときにはその老人が席に座るのをミラーで見てから発車していたし、僕が降りようとStop Requestのボタンを押そうとしたら押す前にミラー越しに目が合い、手を挙げて制され、ボタンを押さずに目的のところにバスを停めてくれた。

ホステルに着きしばらく近くで待っていると、またもや顔見知りのスタッフが入り口の清掃をしに出て来て、こっちに気付き話をして事情を話すともう宿泊客でもないのに中に入れてくれて共用スペースで待たせてくれた。

しばらく待っていると韓国人の友人が部屋から出て来て、僕が中に居るのを見て驚いていた。スタッフにお礼を言うとホステルを出てビーチまで歩いて向かい、再びきれいな海に着いた。ここ二日はずっと雨だったが今日はやっと晴れ、きれいなエメラルド色の海と青空のコントラストに臨めた。さっそく海に飛び込み本気の海遊び。泳ぎは得意らしく、競争しようと誘って来たり、高い波に突っ込んで行ったりと見ているこっちが楽しくなるくらい子供のようだった。

しかし次の目的地に向かう電車の発車時刻が早かったため、そんなに長く海では遊ぶことが出来ずにホステルに歩いて戻った。もっと海で遊びたかったみたいで”マイアミに永遠におりたい”とも言ってた。ホステルの前でお別れを済ませると、やや時間に余裕がなかったので慌ててホステルに戻って行った。またもや別れがあり、自分のホテルに帰るバスでは悲しみに暮れていた。しかし彼女は10月には韓国に戻るので、日本からは近いし再会する可能性は大いにあるのでそれはかすかな慰みにはなった。

ホテルに戻ると友人は起きていたが、僕はさすがに寝不足だったので部屋の椅子に座ると一瞬で眠りに落ち4時間くらい寝てしまった。長い昼寝から起きると友人も僕も服がなくなってきていたので、コインランドリーに行って洗濯をし、その間に近くのスーパーで昼食を済ませた。再びホテルに戻ってからはひたすらブログを。

夕飯時になったので余っていた食材でまたパスタを作ろうとキッチンに行くと、ちょうどピークだったのかキッチンは一杯で調理器具やコンロもフルで使われていたので、ダイニングでブログを書きながら待っていた。しばらくすると近くに座っていた男性3人組が話し掛けてきて”Are you hungry??”と。見るとどう見ても3人にしてはデカすぎる鍋に野菜と米を混ぜて味付けしたおいしそうな料理が結構な量で残っていた。ありがたく友人と二人して頂き、代わりにお礼として食器と鍋は洗った。しばらくそのドイツ出身らしい3人と話をしていると、さらに周りに居た同じくドイツ出身の男女4人も話に加わり大勢で話を続けた。残念ながら彼らの話す英語は早く、半分くらいしか理解できなかったが、まるで前のマイアミホステルにいるときみたいで楽しいひと時だった。
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しばらくしてから先に抜け出し、こうしてブログを書いているところである。
今日はここまで。
この日はさすがに前日ほぼ泥酔で深夜に寝たので、9時半くらいまでは全く目が覚めなかった。加えて目が覚めたときは軽く口の中にテキーラの香りがして気持ち悪かったが、無料の朝食が10時までだったのでシャワーも浴びずにロビーへと降りた。朝食の豪華さにはまたもや驚かされた。4種類のパンやバナナ、リンゴは食べ放題で、飲み物もコーヒーに加えてオレンジジュースまで用意してくれていた。

朝食を済ませ身支度をすると、この日は空港へのルートを確認し、その近くのショッピングモールに向かう予定だったのでバス停へと歩いた。空港まではスムーズに到着し、中も一通り見て下見は済んだので次なる目的地ドルフィンモールへと向かった。

空港のバスターミナルで路線図とにらめっこしていると、案内係らしきおばさんが”ドルフィンモールに行きたいなら、238に乗ったら10分ほどで着く”という親切な教えのおかげで乗るバスはすぐにわかり、わりと待つこともなく目的のバスに乗ることが出来た。しかしバスに乗ってしばらくすると、バスがぐるぐる回りなかなか空港から離れないことに気がついた。どうやら例の238のとやらはすさまじく複雑なルートを行く路線らしく、結局ドルフィンモールに着くまで一時間近くかかった。案内係のおばちゃんどないやねん。さらにバスの空調は気が狂っているとしか思えないくらい寒く、おまけに軽く二日酔いだったことに加え、お昼時で空腹がヤバかったのでモールに着いたときには衰弱し切っていた。

友人と僕は二人しばらく節約生活で肉肉した肉を食べていなかったので、非常に肉に飢えており、モールに着くとすぐさまフードコートに向かいほぼ衝動的に照り焼きチキンのプレートを注文。プレートを受け取り友人より先にテーブルに向かったところで驚きの再会があった。前のホステルで割と初期に仲良くなったブラジル人二人がいて僕に気付いて話し掛けてくれたのだった。マイアミと言えど、ホステルからはけっこうな距離があるしドルフィンモールは書き忘れたが半端じゃなく巨大なモールだったので、その偶然にはかなり驚かされた。また異国の地で友達と再会するという普通はないような経験をさせてくれたマイアミホステルにまたもや感謝。

昼食をお腹いっぱい食し肉欲も満たされると、その巨大なモールを一周した。様々な店があり、品揃えも豊富で、結局何も買わなかったが見てまわるだけでかなり楽しめた。友人も結局何も買わずそのまま同じルートでホテルの方へと帰ったが、僕は今日も昨日の韓国人と会う約束をしていたので、友人だけ先にホテルへと戻り僕はそのままサウスビーチへ。

ところどころでWi-Fiに繋ぎつつ連絡を取り合い、無事合流。ビーチに行きたいと言うので、再びすでに行ったことのあったマイアミビーチの南端にあるサウスポワントパークにまず行き、そこから北上してビーチへと向かった。サウスポワントパークには前回は昼間に行って青空と海岸沿いに植えている南国の木とのコントラストに感動したが、今回はきれいな道をほのかに照らすライティングがなんともきれいでまた別の感動があった。
#前回撮った昼間の写真
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そのままビーチへと向かうと人気のないビーチをしばらく話しながら歩いた。ビーチは月光しかなく、ビーチが湾状になっているため海岸沿いのホテルやバーの明かりが奥の方まで鮮明に見えて非常にきれいな眺めだった。

数ブロック分歩いたところで、ビーチから通りの方へ戻り夕飯のお店探しに。わりとすぐに二人とも知っていた”T.G.I. FRIDAY’S”に決め、そこでたらふく食べた。日本での食べ方のマナーや礼儀は心得ているつもりだったが、異国のマナーが分からず常に”これで合ってるのか”という不安に苛まれながらの食事だったが、どうやらその韓国人の女の子は小さいことは気にしないタイプのワイルドな子だったので問題ないようだった。

ご飯を済ませると飲みに行きたいと言うので、昨日行ったバーでレシートを見せれば今日はフリーで飲めると聞いていたためそこへ向かった。途中たまたま見つけたジェラートのお店で買って食べたりしつつ、バーに着き昨日いた席の隣の席に座った。恥ずかしながら英語力では負けているので、韓国人の友人が店員に話をつけてくれて、聞いていた話通り凄まじいデカさのグラスに入ったお酒が無料で飲めた。
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かなりの大きさだったために飲むのにかなり時間がかかったが、その間様々な話をした。すでに合流してから色んな話をしていたが、やはりアルコールが入ると踏み入った話も出来るもので、お互いの恋愛観やら恋人の話、将来の夢や交友関係や性格、日本や韓国の国民性、さらには理想的な婚期の話までした。日本でも全然置かれている環境の違う人の話を聞くのは好きだが、やはり異国の人間の話は聞いていて知らないことばかりだったし本当に楽しかった。韓国と日本は隣でありながら文化は全然違うし、しかもそれを日本でも韓国でもなくアメリカのマイアミビーチ沿いのバーで話すという不思議さもたまらん。

あっという間に時間も過ぎ、0時を軽く過ぎて韓国人の友人も疲れているようだったのでグラスをあけると、チェックを済ませホステルまで送って行った。朝早くに起きてワニの見学ツアーに行って帰って来てショッピングに出かけ、さらにビーチを歩きとハードな一日だったので、コンディションがいまいちだったらしく今日は酔ってしまったようだった。

明日の朝も会う約束をして無事ホステルに入って行くのを見届けると、僕は逆に元気だったのでバスももうないし歩いて帰ろうかとも思ったが、さすがに遠過ぎるのでレンタルサイクルを使うことにした。マイアミビーチ内の複数のポイントにパーキングがあり、クレジットカードでチェックインしてすぐに借りることが出来、また好きなところに返すことが出来るというものだった。

なかなか夜のマイアミを疾走するのは気持ち良かったが、ホステルに着く直前に雨が降り出し、しかもみんな考えることは同じなのかホステル周辺のパーキングは満車だったため、自転車を返すための空きのあるパーキングを探すのに時間を食った。その間に本降りになり、無事自転車を返してホステルに着いたときにはビショビショだった。

とりあえずパンツ1枚になって服は干して就寝。
12日目はここまで。
10日目の夜から。
予想通り、ブログを書き終わった後には共用スペースでたむろし、新しく仲良くなった友達にビリヤード台を使った新しいゲームを教えてもらいしばらくそのゲームに興じた。しかしそのゲームがフィジカル的にハードなことこの上ないw1ゲームが終わるごとに息は上がるし汗はかくしで大変だったが、ゲーム自体は楽しいので何回もしてしまった。ひとしきり運動をし水分補給をした後は、屋内の共用スペースでクールダウンし、落ち着いたところで部屋へと戻り就寝。


11日目はちょっと早めに目が覚め、朝食、身支度、パッキングも手早く済ませ、12時のチェックアウトまでしばらく時間があったので、最後に美しいサウスビーチを見に行くことに。あいにく天気が怪しく、空は黒く曇っていたが構わず出発すると、案の定ビーチに着いた瞬間雨が降り出したため、速攻で撤退。しかし、帰る途中から半端じゃない豪雨になってきて何度も雨宿りしながら帰るも、ホステルに着いた頃には友人と二人ずくずくのビショビショに。

次のホステルまではバスで行く予定だったが、あまりにヒドい雨と雷だったので、とりあえずチェックアウトは済ませたがすっかり顔なじみになったスタッフにしばらくホステルの共用スペースで雨宿りさせてくれと頼み、チェックアウト後もしばらく居残った。その間にも新しくギリシャ人の男性とビリヤードをしたり、韓国人の女の子と話したりしていた。特に韓国人の女の子は僕が韓国語をかじっていて多少話せることに驚いたようで、すっかり仲良くなりFacebookで連絡先を交換した。

他にも数日前から仲良かったブラジル人とも写真を撮ったりFacebookを交換したりしていると、雨もすこしましになったので後ろ髪をかなり引かれながらも、本当に一生ものの経験をしたマイアミホステルを後にした。次のホステルは歩くとけっこうな距離だがバスを使うとものの15分か20分ほどで着き、チェックインは15時からだったので荷物だけ預け、とりあえず友人と周りを散策しに行った。

SUBWAYとスーパーはかなり近くに見つけたが、スーパーは腐りかけだしその他には本当に何もなかった。ビーチも近かったが悪天候であるのを考慮しても、サウスビーチとは雰囲気が異なりどこか寂しげな感じがした。本当に数ブロック歩いても何もないのでSUBWAYで昼食を済ませると、早々にホテルのロビーに戻り15時まで時間を潰しチェックインを済ませた。荷物を自室に移動し身軽になると、とりあえずホテル内を調査しに行くことに。
#寂しげだがきれいなビーチ
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ホテルはもうなんというか、まさにホステルではなくホテルといった感じ。わかりにくいので言い直すと、内装はかなりきれいで随所に絵画や装飾が施され、宿泊費にしては本当にありえないくらい素晴らしいホテルだった。が、しかしマイアミホステルに内装で勝てても、その他の人間的な暖かみや楽しげな雰囲気がないのは明らかだった。多少偏見のようなものもあるかもしれないが、ここの宿泊客はあまり他人には興味のないようで話し掛けるといったことはしないし、スタッフも同様だった。もっと言えばきれいで整ったホテルの内装や環境がそうさせているのかもしれないとも思った。前のマイアミホステルは部屋にはベッドをこれでもかと詰め込み、全ての部屋はドアを出れば共用部分に直結していてプライベートも守られていなかったが、その分仲良くなるのはかなり容易だった。

とまあ、前のホステルを懐かしむのはやめて、今のホテルも良いところを言うと中の環境は完璧に近かった。キッチンもきれいでダイニングテーブルもアーティスティックで、プールやテラスもあるし、ホテル内にバーまであった。
#アーティスティックなダイニング
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ホテル内の調査を終えると夕飯の買い出しに腐りかけのスーパーに向かい、またパスタを買ったのだが、前と同じではつらいので何か具を入れようとソーセージを買った。ホテルに戻り清潔なキッチンでややレベルアップしたパスタを友人と調理した。キッチンにはブラックペッパーやオリーブオイルなどおシャンな調味料もあったので、すこし手を加えると1食1ドルちょいで済ませているとは思えないくらいおいしいパスタが出来た。
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夜からは前のホステルで最後の最後に仲良くなった韓国人と飲みに行く約束をFacebookでしていたので、友人と二人多少小綺麗な格好に着替えホテルを出た。というのも、韓国人の女の子が服に気を使っているのは明らかだったので、いつもみたいにTシャツに短パンで行くのは気が引けたから。やや早めに着き、前のホステルの前で待っていると、これまた顔見知りになっていたホステルの掃除のおばちゃんに遭遇し少し話した。

そうこうする内に、韓国人の友人がどこかに行っていたらしくホステルの中ではなく外の道から現れ、カメラだけ取りに戻ってから出て来て一緒に夜のマイアミへと繰り出した。もうすでに1週間近く滞在しさほど大きくもないサウスビーチはもはや案内できるくらい詳しくなっていたので、まだ来て一泊しかしていない韓国人を一番にぎやかでバーも集まるオーシャンドライブに案内した。

夜でしかもまたもや雨が少し降っていたのでビーチには行かず、オーシャンドライブ沿いを歩き、好きな店を選んでもらった。途中カメラで景色を取りつつ歩いていると、バーのキャッチに捕まり結局そこに決めた。凄まじくデカいグラスで二つドリンクを頼むと、サービスでセックスオンザビーチとテキーラのショットをそれぞれにくれて、早速ほろ酔いに。韓国人の女の子はお酒が弱いと言いつつもそれは明らかに嘘なようで、話したり各国の飲みゲームで二つのグラスをあけた頃には、ほぼ3人は同じ量を飲んだにも関わらず明らか一人平然としていた。しかし、僕も男でありしかもクラブのバーテンダーなんだからという謎なプライドがあったので、バイト先で身につけていた平然を装うスキルをフルに使い、かなり酔っぱらってフラフラだったがシャキッとして平気なふりをしながら、韓国人をホステルまで送り届けた。

別れを済ませバス停のベンチに腰掛けた瞬間、気が抜けたように一気に酔いが回り友人と二人死にかけたw友人はバス停の裏に吐きに行き、こっちもホテルに着くまで必死で意識を保とうと奮闘していた。はっきりとは覚えていないがなんとかバスに乗り、正確なところで降車し、ホテルの自室に着いた瞬間ベッドに飛び込み一瞬で眠りに落ちた。

ここまでが壮絶な11日目である。
ブログが更新できなかったのはこういう理由であるw