今回の28泊29日の主にアメリカ東海岸、5都市を訪れたバックパッキングをまとめをしてみる。

訪れた5都市は時系列順にニューヨーク(1.5泊)→ワシントンD.C.(2泊)→マイアミ(9泊)→フィラデルフィア(5泊)→ボストン(4泊)(→ニューヨーク(5泊))。交通手段としてはバス、AMTRAKの列車、飛行機とあらゆるものを使ったが、やはりどれも一長一短ではあった。例えば飛行機は速い一方で、景色は楽しめないし旅している感はないしなんせチケットが高い。AMTRAKは安価で楽は楽だが、今回のワシントンD.C.からマイアミのように長距離で使うとまる一日かかったりしてかなり体力を使う。しかし景色はきれい。

完全に個人的な感想をつらつらと書いてみる。
まず5都市の中でダントツ楽しかったのはマイアミ。やはりリゾート地ということもあって現地の人も訪れている人もみんな陽気だし、ホステルが本当にいいホステルだったため何人と仲良くなったかわかんないくらいだったし、昼はビーチ夜はバーやクラブという生活はたまらない。今思い出しても楽しくなってくるレベル(笑)またマイアミ以外でも会うくらい仲良くなった友達もマイアミで出来たし、本当にマイアミには思い入れが出来た
その次に気に入ったのはボストン。やはり街がきれいで歩いているだけで楽しいっていうのは稀な経験だった。さらに信号のないところで渡ろうとしていると必ず車が止まってくれるっていうのは、本当に些細なことだがボストンに住んでいる人の優しさを象徴している気がする。またハーバードとMITがあり街に溢れる学生たちによってアカデミックな側面がある点でも好きかな。
まあ、ニューヨークに関してはノーコメントで。やっぱり中心でないものはないし、世界の中心ではあるのは間違いないが、イメージが先行してしまっていたためかがっかりしたのは否めない。だからただの悪口になるしコメントは控える。
ワシントンD.C.とフィラデルフィアこそノーコメントである。

ここからはさらに個人的なことを。
今回のバックパッキングは何回か記事でも書いたが2つのテーマを持ってやって来た。“現地で人に話し掛けて仲良くなる”“英語力を上げる”の2つ。もう28日目の記事で書いてしまったが、その2つとも自分の中で満足のいくレベルでは達成した。いくつか既に過去の記事で書いたことも重複するが、まずホステルでは“Where are you from??”が最高の話すきっかけの言葉になる。その後はこれまでどこを旅したか、これからどこへ行くか、今は学生なのか仕事をしているのか…と会話がどんどん広がって行く。またホステルに置いてあったビリヤード台(ちなみに外国人はみんなpool tableと呼ぶ)やサッカーゲームやチェスなどの遊び道具も仲良くなるのを助けてくれた。何人ともFacebookは交換したが、中でもマイアミであった韓国人の女の子や、ボストンで会ったイギリス人と中国人の二人とは特に仲良くなったのでこれからも繋がりを保てるだろうと思う。このバックパッキングの期間だけで終わるのではなく、バックパッキングが終えてからも続くような関係まで仲良くなれたのは本当に嬉しいし、その過程で使ったのは英語であるという事実も自分の今後の自信にもなる。
また書きながらふと思ったのだが、マイアミやボストンが異常に自分の中で素晴らしい都市として位置づけられているのはそこで仲良くなった子たちと一緒にまわったことも関係するんじゃないやろか。仲良くなったイギリス人がFacebookに上げていた記事を引用すると“旅先での体験をより良いものにする唯一の方法はその体験を素晴らしい友と共有することだ”と。実にその投稿には共感する部分があった。今回のバックパッキングを振り返ったときに思い出されるのはやはり誰かといたときの記憶が多い。二人、あるいは三人でいれば一人のときでは気付かない感動を見つけることだってあるし、感想を言い合ったりすることでも見識が広がることは間違いないと思う。
そろそろ二つ目のテーマのことについても書くと、28日目の記事で書いた通り語彙力ではなく会話力が上がったと思う。その理由について考えてみると少し一つ目のテーマにも関連するのだが、やはり自分から話し掛けておきながら相手の返して来た言葉を聞き取れず変な返事をしてしまうのは気まずいし、まずそんなことをしてれば会話が続かない。だから特にホステルで仲良くなろうと話し掛けるときは、半端じゃなく集中して返事を聞き取ろうとする。リスニング力が伸びたのはそういうわけだと思う。またホステルで幸いしたのは、さらにそこにいる人が英語が母国語ではない人が多かったことである。これもどこかで書いた気がするが、英語を母国語にする人は独特の発音やスピードが尋常じゃなかったりで聞き取るのは難しいが、英語以外を母国語とする人はどんなに流暢でも全然ネイティブとは違い聞き取りやすい。そうすると会話も続きやすいし、結果的に話をすることで自分の英語力が上がる。かつて大学受験のときに英語のニュースを聞いてリスニングの力を伸ばそうとしたことがあったが、今となってはそれは無理があるだろうと思う。もちろんある程度英語が話せリスニングにも自信のある人がさらに伸ばすために聞く分にはいいんだろうが、自分の身の丈に合った練習が一番効果的だと悟った。今回で英語力は伸びたと言ったがいまだに英語のニュースは全然聞き取れない。あとはマンツーマンで話すことも大きかったかな。日本でもそうだが3人以上であれば、別に自分が黙っていても残りの二人が話せばいいやと逃げ道を造ることが出来るが、2人ならば沈黙が続き相手が話し出しそうになければ、その沈黙を破るのは自分しかいない。喋らざるを得ない環境というのは語学習得に欠かせない。とまあ、いろいろ偉そうなことを言ったが今回の経験を通じて感じた個人的な感想に過ぎないのは留意して下さいw

あとまた別件で、出発前にかつてアメリカに住んでいたバイト先の社員さんと話しているときに“せっかくアメリカに行くならアメリカから見た日本のことを聞いておいで。やっぱりアメリカのような進んだ国から日本がどう思われているのかを知るのは大切だと思うよ。”と言われていたので、ホステルなどで仲良くなる度に日本について聞いてみた。アメリカ人は少なかったがアメリカだけではなく海外からの意見も参考になる気もしたから。
まず日本で何より有名なのはマンガ、アニメ。これは間違いなかった。誰に聞いても最初に出てくるのはワンピースやブリーチ、ドラゴンボールなどのアニメやマンガの話だった。最初は日本から連想して最初に出てくるのがマンガみたいなサブカルかよ!とがっかりしたが、よくよく考えるとサブカルとはいえ立派な文化ではあるし、小さな島国から生み出された文化が世界中に広がっているのは誇らしいことでもあると思い直した。その他にもHONDAやTOYOTAなどの自動車メーカーや、寿司などの日本食はやはり有名だったが、その一方で日本や韓国、中国の区別がつかないと言う人もいた。日本食も韓国料理も中華料理もすべてアジアの料理で味付けは一緒だしアメリカでは区別されない、と。偏った意見ではあると思うけれど、実際に日本や韓国、中国の区別がつかない人がいるのは確かだと思う。
少し話はずれるかもしれないが、マイアミで韓国人の子と話しているときに聞いたことだが、韓国では周りの人のことを睨みつけるようにして観察するが、カナダでは誰も人のことなんか気にしないし自分の好きな格好で外に出る、と。それはファッションに関する話だったが、もっと包括的に言えることではないかと思う。日本についていろいろ聞いてみたところ、出て来たのはアニメとかマンガとかいまいちつかみ所のない回答だったが、要は別に国のことなんか意識してないのではないかとも思う。中には日本人の誰それを知ってるという人もいたし、アメリカみたいに多国籍国家において人種なんか関係ないし、すごい人がすごい、と。そこに人種も国籍も関係ないし、評価基準はその人の技能や能力だけ。かなり主観的な意見だけど、一人の力で日本のイメージを変えることなんて不可能に近いし、そう考えた方が楽って部分もある。日本人で生まれた限りその枠から外れることは出来ないし、将来何かで評価されるなら“やっぱり日本人はすごい”ではなく“やっぱり君はすごい”と評価される方が良いに決まってる。アメリカの文化はそういう感じがした。自分が認められるために自分のことに集中して生きている感じ。別に自己中心に生きているってわけではない。なんか書きたいこと書いてたらまとまりなくなってきたから、あと今後のことを書いてからまとめを終わる。

この1ヶ月を帰国と同時に忘れてしまうのはもったいなすぎる。そういえば“もったいない”という概念を英語で説明するのが難しすぎて結局説明出来なかったけどどう説明したらいいんやろ。
それはさておき、帰国すれば3日後からは後期も始まってついに専門も始まるし、ある程度目的意識を持って勉強したい。これまでのように学校さぼってバイトばっかして遊び呆けるのははっきり言ってダサいと思うようになった。やっぱり勉強出来るやつの方がかっこいいし、自分にストイックな方が純粋にすごい。そんな急にガラッと変われないだろうけど、この1ヶ月のおかげで何か一つでも変われたなら単なる旅行ではなく、意味のあるバックパッキングだったことになるだろう。てことで、帰国したら何か一つでも変わることを意識して生活しよう。
そろそろニューヨークともおさらば!15時間後には日本や!
て、ここWi-Fiないから投稿するのは帰国後になるんやけどw
これでアメリカバックパッキング2013のまとめは終了!!!!!!
昨日の続き。
先輩も学校の課題が終わり僕もブログを書き終えたので、再びしばらく話をしていたがさすがに深夜で眠くなって来たので先輩が出してくれたマットレスで寝た。ちなみにそのマットレスもきれいに片付けてあったので、出したら片付けるのは大変なのが目に見えていたのでかなり固辞して床で寝られると言ったのだが結局先輩の“それはないっしょ”の一言でマットレスで快適に寝ることが出来た。

早めに起きて先輩にお礼を言って家を出ると、電車とバスで1時間半ほどかけてホステルまで戻り、シャワーを浴びてからチェックアウトをした。まだホステルを出るには早かったので、チェックアウトはしていたがどうせ気付かれないしキッチンに行き、残った食材でブランチを作り食べてからしばらくあちこちに連絡を飛ばして過ごした。連絡っていうのは帰国するっことを日本にいる知り合いたちに言ったのと、アメリカで仲良くなった子から帰国したとのメールが来ていたからそれに返信したりしていたこと。

飛行機の出発は19時だったが、だいぶ余裕を持ってホステルを出発した。特にホステルが良かった訳ではないが、バックパッキングの1日目に泊まって、また最後の5日間も泊まったホステルだと思うと他のホステルを出るときとはまた異なる特別な感じがした。
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バスと電車を合計5回乗り継ぎ、なんとか2時間弱かけて空港に着いた。ほんとに世界の中心のニューヨークの空港なのにえらく不便なところにたてたもんやで。おまけに治安も悪いところやから初日に痛い目を見たしどないなってんねや。

それでも1ヶ月ぶりに戻って来た空港は懐かしかった。たかが1ヶ月だが本当にいろいろあった1ヶ月なので内容の濃さ的に1ヶ月どころの騒ぎではない。中に入りチェックイン、バックドロップまで済ませると時間に余裕はあったが早くゆっくりしたかったので、さらにセキュリティチェックを受けて出国手続きを済ませた。

中はWi-Fiが使えなかったので、余った現金でお菓子を買って食べたり、ブログを書いたりして時間を潰した。もう数時間もしたら飛行機で帰国!ついに!
なんかワクワクする気持ちと名残惜しい気持ちがせめぎあっている感じがする。ほんとにこの一ヶ月の経験は大きかった。言葉では説明しがたい何かを得られた気もする。まあ、まとめは次の記事で。
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昨夜はブログを書いてすぐに寝たので省略。
今朝は8時頃には目が覚め、ホステルを出たのは10時過ぎだった。昨日のpre sellで買った商品の受け取りにデパートまで向かい、昨日の感じのいい黒人の店員さんから受け取った。引き換えのレシートを見せようとすると“I don’t need, I remember you”と言われ、滞りなく商品を受け取れた。ほんとに最後まで感じのいい店員さんだった。

だいぶ時間はあったが万が一場所がわからなかったら先輩を待たせることになるので、前もって待ち合わせ場所を確認し、近くのコリアンタウンをさくっと通過してからお昼を食べに行った。2日前にもそこで食べたのだが、安くてボリューミーなので金欠中の僕は躊躇なくそこに向かった。待ち合わせ場所がそのフードコート的なのに近かったのが幸運だったことよ。
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お昼をゆっくり食べてもなお時間が余っていたので、近くのMACY’Sのスタバで実質最終日の贅沢でスムージーを飲んだ。ほんとに食生活に関しては全然贅沢してこなかったので、体に染み渡る感じさえした。スタバで待ち合わせ時間近くまでパソコンを開き時間を潰した。
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待合せ場所に15分前には向かいしばらく待つと、バイト先の元先輩が現れた。先輩は見た目は全然変わっていなくて記憶のままで懐かしかった。先輩とは僕がそのバイト先に入って3ヶ月ほどしか被っておらず、しかも仕事にはストイックな先輩だったので未熟だった僕は何度も怒られたし、未だにそのときの記憶があったため最初は緊張した。しかし話すうちに先輩も“もう直の先輩じゃないんだから”と言ってくれたし、主にバイト先の昔話をしていく内に緊張もほぐれて、ほんとにいろんな話をしながらブルックリンブリッヂを歩いて渡った。
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ブルックリンブリッヂは遠くから見たことはあったが近くで見るとさすがに圧巻で、遠くから見たときは景色の一部としてきれかったが建築としてもきれいだと気付いた。渡り切るとそこはブルックリンという地区で、先輩の住んでいる場所だったのでDJもしている先輩が足しげく通うレコード屋さんや、映画などでも利用されるという有名な公園などを案内してもらった。

その途中に先輩がずっと行ってみたかったというメキシコ料理のお店で晩ご飯を食べたが味はまあまあといった感じで先輩と苦笑いするしかなかった。そこは先輩が奢ってくれて、本当に申し訳ない思いがした一方、金欠だったので助かった思いもあった。

そこから例の有名な公園に向かったのだが、その公園からの景色は本当にきれいでしばらくそこのベンチに座りいろんな話をした。やはり特殊なバイト先ゆえ、話はなかなか尽きず、もう辞めてしまったかつてのバイト先のメンバーの話や、現状について、またアメリカのDJの話なども新鮮でおもしろかった。最初は会うのに緊張していたが本当に最後の夜に話せて良かったと思った。
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そうこうするうちにあっという間に暗くなったが、ついにアメリカのバックパッキングも最後の夜かと思うとすぐに帰って寝る気にもならなくて、またそれを悟ってくれた先輩が“とりあえずうち来る?”と誘ってくれたので、お言葉に甘え先輩の家にお邪魔することにした。帰り道にお酒を少し買い先輩の家に着いてから乾杯した。

先輩の家ではDJをするのに基本的な機材、ミキサー、ターンテーブル、スピーカーが揃っていたので、僕のわがままで先輩の生DJを聞かせてもらったり、逆に僕もDJデビューした話をしたのでパソコンとスピーカーを繋ぎ、拙いDJを披露したりした。その後は先輩は明日も語学学校がありその課題をするので、僕もその傍らでパソコンを開き勉強している風の雰囲気を出しながらブログを書いているところである。

とりあえずここで日付は変わっているのでここまで。
一緒に働いているときからそうだったが、本当に後輩思いの良い先輩で今日も例外ではなかった。先輩の家でも後輩である僕を客人扱いしてくれて色々気を使ってくれたし、かわいがってくれているのがひしひし感じられて感謝でいっぱいである。最後の夜は本当に充実した感がしている。
昨日の夜から。
ブログを書いた後はキッチン兼共用スペースで自由に映画を観ることができるので、すでに観たことがあったが“ハンガーゲーム”を選び最後まで字幕無しで観切った。さすがに半分以上は聞き取れなかったがすでにストーリーは知っていたので中々楽しめた。映画も終わったところで部屋に戻ると一人チェックインしていたので、あいさつしてみたらけっこう気さくな子でしばらくそれぞれの話をした。ルーマニアから来ている20歳の子で2週間の旅行パックの初日らしかった。移動の間ほとんど寝てなかったらしくすごく眠たいと言っていたので、話もそこそこで切り上げ就寝。


ここから今日の分。
昨日は寝たのが0時過ぎとはいえ、今朝は5時に一回目が覚めつつも11時前までは寝てしまっていた。平日にも関わらずキッチンでブランチを作って食し、ホステルを出発したのは1時前。今日はまだ買い切れていないお土産を買う予定だったのでピンポイントで行く店を絞っていた。

もうこの人にはこれ!という店があったのでそこは事前に調べていたが、他にも大きいデパートには入っているかもしれないので調べて行ってみるとあまりの高級な雰囲気にTシャツにパーカーみたいな格好で入ることさえためらわれたところもあった。
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結局それぞれのブランドの店舗に行き目的のものを順調に買いそろえたが、最後の一つの段になってその流れが止まった。最後の一つは結局デパートで見つけたのだが、先に結論を言うと自分の英語力の上達度に感動したっていうのとそのデパートの黒人女性の店員が非常に親切だったという話。

まずこの旅行の間中探していた目的のものを見つけたので、ガイドブックに載っていたVISITOR DISCOUNTのことを店員さんに聞いてみると、それよりお得なpre sellがある、と。VISITOR DISCOUNTというのはそのデパートで買い物をするときにパスポートを提示すれば10%オフになるというもので、pre sellというのは先に支払いを済ませ翌日以降に取りに来ればなんと20%オフで買えるというものだった。そのデパートは格式高い雰囲気のするところだったので信用できるのは間違いないということで、もちろんそのpre sellで買うことにしたのだが他の店では普通に使えていたクレジットカードが二枚ともなぜか使用不可だった。

そのため店員さんに近くのATMの場所を聞きそこに向かったがどうもカードが使えず、さらに近くのCITY BANKに向かったのだがそこでもATMは利用不可だった。銀行員に聞いてみると窓口で試してみてと言われたが、やはりクレジットの口座が日本のものであるので出国前になんらかの手続きをして来なければクレジットから現金を引き出すことは出来ないということだった。その間も銀行窓口の人と僕の荒れている指のことなど世間話をしていた。

せっかく目的のものを見つけたのに買えないのかと絶望しかけたが、そのときパッと日本円を持っていることに気付きその窓口で換金できないか尋ねてみたところ、そこでは行っていないが近くで換金できるところを教えてもらいそこに向かった。しかしその教えてもらったところへ向かうと、すでに換金の窓口は閉まっているということだったので、さらにそこで近くに換金できるところがないかと聞いたら、近くではないが電車で10分ほどのところに同系列の店舗がありそこならまだ開いているということだった。

もうその時点で萎えかけていたが、とりあえず再びデパートに戻り、その経緯を例の店員さんに説明し、明日払いに来て明後日取りに来ると言って、最後にもう一回だけカードが使えないか確かめたいと言って確かめてもらったがやはり使えなかったので店を出た。店員さんは僕の名前を控えてその商品を置いておいてくれると言っていた。親切その1。

そのまだ開いていると言った換金できる店舗は方向的にホステルの方だったので、今日は帰りに寄って換金だけして帰ろうと思っていた。その教えてもらったところは駅からも少し距離があったのだが、最寄り駅は一昨日行ったグランドセントラルという超巨大な駅で、駅を出たところでパッとアメリカ銀行が目に入ったので“大きい銀行なら巨大ステーションの近くやし換金できるかも”という考えから突撃したが、やっていないということだった。萎え。しかしそこで挫けず近くに換金できるところがあるかと尋ねてみると“何時まで開いているかわからないけどアップルバンクなら換金できる”と。その場所を口頭で教えてもらい向かった。

その教えてもらったところに行くとなんと24時間の銀行だったのでまだ開いておりついに換金出来た!まだ駅からさほど離れていなかったのと、明日払って明後日取りに行くのだと日程的に帰国の日に寄ることになってめんどくさいので、再び地下鉄に乗ってデパートに向かうことにした。再びさっきの店員さんを見つけて、換金に至るまでの経緯を嬉しかったので事細かに説明し、現金で支払いを済ませた。ちなみにpre sellでは現金の支払いを受け付けていないということだったのだが、渡した現金をギフトカードに載せてから払うという技巧を使ってくれたのを全て店員さんの方でやり終えてから説明してくれた。親切その2。

無事支払いを済ませ本当に感じのいい店員さんだったから、取りにくるときもその店員さんがいいと思って明日もいるか尋ねたら、いるらしく帰りに名刺までくれた。ちなみにその店員さんの名札を見ると僕が買ったブランドとは違うところの店員さんだった。何度もお礼を言ってから店を後にした。
本当に最後のお土産を買うのに苦労した(笑)
でもこの一つは旅行の間中探していて、ものを決めていたので何としてでも買う予定だった。まあでも、走り回ったのはこれと決めたら変えられない自分の柔軟性のない性格のせいでもあるw

やっとのことで買い物を終え、ホステルに戻り夕飯を作って食べ終え、ブログを書いているところである。
自分で言うなって思われそうだけど、今日の換金するまでの件は自分の英語力がなければ無理だったと思う。でもこれはこのバックパッキングで得たんだと思う。英語の語彙力が増えたというよりは、1ヶ月前だとビビって話し掛けられなかったところで話し掛け、色々情報を得られるようになったという点で成長したのかもしれない。でも怖じ気づかず話し掛けられるというのも英語力の一つとも思う。1ヶ月でリスニング力が上がったのも確か。

このバックパッキングで掲げていたテーマ2つ“いろいろ人に話し掛けて輪を広げる”と“話し掛ける中で英語力を上げる”の両方をある程度ではあるが達成出来たと思う。ということでまだ最終日ではないが、明日はバイト先の元先輩でニューヨークに住んでいる人と会う予定なので、実際バックパッキングの旅程は終わったようなものである。だからか、なんかまとめっぽくなってしまった(笑)

まとめっぽくなったついでに色々英語を話していて気付いたことも忘れないうちに記しておく。英会話で必要なのは正しい文法ではなく、いかに止まることなくすらすら言うかだと思う。最初の頃は頭の中で正しい文章を組み立てながら話していたので、単語単語で区切ってしまい、ん?と聞き直されることが多かったが、例えば今日店員さんに話し掛けるときとかは思いついたことをぽんぽん言って、文法的に足りないものは後から付け加えるという方法で話していた。この方法の方が圧倒的に伝わるのは話している中で気付いた。

とまあ、本気のまとめはまた帰国後にでもすることにして今日はここまで。
昨日の続きから。
ブログを書き終えた後、謎の疲労感から誰とも話す気分にならなかったのだが、キッチン兼共用スペースでぼーっとしていたら近くでビリヤードをし始めた二人がいたので、ビリヤードはどうしてもしたくなり話し掛けて混ぜてもらった。

その二人はドイツの大学生で将来教師になる予定らしく、僕と同じく夏休みを利用して1ヶ月ほどカナダとアメリカをバックパッキングしていてその最後の夜ということだった。ビリヤードを何ゲームかし終えてからソファに座りさらにしばらく話した。二人は5歳の頃からの幼なじみで高校まではずっと一緒だったらしい。なんかさすがに10何年の付き合いからか二人は家族のような距離感でお互い全然気を使ってない感じがした。

また二人の話は面白く、大嵐の中カナダでキャンプをした話や、そのキャンプの途中に熊の親子が現れ、彼らのうち一人はかなりビビって動けなかったがもう一人は呑気に写真まで撮っていた話、レンタカーのタイヤが吹っ飛んでしばらく予備のタイヤで走っていた話など、同じバックパッキングでもスリルと失敗に満ちていて聞いていて楽しかった。また彼らとは同じくらいの歳のはずだが、二人とも旅行中に携帯を失くしたらしく、それを話しているときに“携帯を失くしたおかげでオールドファッションな旅が楽しめた”とあっけらかんと言ってのける辺りに肝の据わり具合が自分とは全然違うと感じた。

また日本について興味津々で、いろいろ人口なども聞かれたのだがなんせ学校の勉強の中でも社会が昔から苦手だったので、そういうと“勉強教えてやらんといかんな”と社会科の教師志望の彼に言われてしまったw絶賛ホームシック中の僕は二人にドイツに帰りたくなったりしなかったかと聞いてみたら、色々失くしたりトラブル続きで忙しかったからそんなこと考える暇もなかった、と。僕もけっこう色々経験していたつもりだったが、彼らの話を聞いて負けたと思った(笑)Facebookだけ交換し、二人が寝に部屋に戻って行って暇になったので僕もしばらくしてから部屋に戻り就寝。


長くなったがここから今日の話。
前日結局寝たのは2時とかだったので起きてなんやしてホステルを出たのは正午を回っていた。今日はお土産探しに徹する予定だったのでタイムズスクエアに行き、ニューヨーク土産を買いまくった。いろいろこれまでの旅程で想定外の出費が重なり、日本に帰ってからの生活を考えるとあほみたいに買うことは出来ないので、色々計算しながらの買い物だったためけっこう時間がかかった。

さらにマンハッタンの南の方にある大型ショッピングモールをガイドブックで調べ向かったのだが、なぜかはわからないが、着いてみると数店舗を除きほぼ全ての店が閉まっているという悲劇。わざわざ地下鉄と時間を使って赴いたのに滞在時間ものの数分で、すぐにまた地下鉄で折り返しそのままホステルに戻った。
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出だしが遅かったのですでにホステルに戻った頃には外は暗くなっていたが、あと一回洗濯をしないと服が足りなかったので、このバックパッキング最後の洗濯に向かった。スーパーの近くだったので、洗濯している間に食材を買い足し、両手に食材と乾燥機もかけて乾いた服たちの袋をぶらさげ田舎のおばちゃんスタイルでホステルに戻った。帰り道、これでアメリカのコインランドリーで洗濯することもしばらくないなーとか感慨にひたっていた。

その後晩ご飯を作って食べブログを書いているところである。
今日はほんまに何もない日やったな。Facebookを見ていると、続々とこのバックパッキング中に知り合った友達がそれぞれの国に向けて帰って行っているみたいでなんだか寂しい。かくいう僕もあと3泊でついに帰国!
てことで今日はここまで。
昨日の夜はそのまますぐに寝たから省略。
寝るのが早かったためか今朝はかなり早く目が覚めたが、そんなに早く動き始めても仕方ないので、適当に時間を潰し身支度と朝食を済ませホステルを出たのは10時前だった。

今日の最初の目的地はセントラルパークの南東に位置するミッドタウンイースト。何があるかと言われれば色々あるので、これ!とスポットを当てたらキリがない。電車とバスを乗り継ぎ最後は歩いてミッドタウンイーストに向かっていると、日曜だったためか凄まじいツーリング集団が信号待ちで止まっていた。排気量も半端じゃなさそうなバイクが何十台も連なって走る光景は圧巻だった。
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まず最初に立ち寄ったのは日本のテレビでもよく映されることのあるニューヨークのアップルストア。ただのオブジェだと思っていた立方体のガラスケースは実は入り口で、そこから地下に入りiPhone5sやiPhone5cを手に取っていじってみた。中はさすがに広くスタッフも大勢おり、さほど多くのアップルストアを訪れたわけではないが、今までの中で最大だった。
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アップルストアを出てしばらく歩くと、高層ビル群の隙間にきれいな建築様式の教会があり、ちょうど日曜で礼拝が始まったばっかりのようだったので潜入し、生まれて初めて礼拝に参加することに。中は撮影禁止だったので撮ることはできなかったのだが、実に神聖な場所だった。雰囲気とかそういうことではなく中の彫刻やステンドグラス、オルガンなどの内装がそう思わせていたような気がする。あとゴスペルというか賛美歌のようなものを前の合唱団が唱うわけだが、本当にきれいな歌声で女声と男声のハーモニーもばっちしだった。しばらく見よう見まねで立ったり座ったりして受けていたが、あまりに長いのと眠くなるのとでタイミングを見計らい外に抜け出した。
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次に立ち寄ったのはショッピングモールやレストランも併設されていて観光スポット化されている巨大ステーション、グランドセントラルステーション。ここは今年100周年を迎えたため窓に大きく100と描かれているため、みんなその写真を撮りまくっていた。
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グランドセントラルステーションで昼食をとり一休みをして、外に出ると歩行者天国になっていて出店が両脇に立ち並ぶ通りがあったので、しばらく見ながら楽しんだ。なんかこういう出店は偽物を掴まれそうなので抵抗があり、結局何も買わなかった。
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出店の(窓はないけど)ウィンドウショッピングを堪能すると、次なる目的地国連本部へ。ここはツアー以外では中に入ることが出来ないため、外からしか見なかったがあの各国の国旗はいつでも掲げているわけではないらしい。当たり前っちゃ当たり前か。雨ざらしにしてたらボロボロなるし、かといって毎日あの数の国旗を掲揚、降納してたら半端じゃない労働になるしな。
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次にどこに行こうかと国連の前で座ってガイドブックを見ていると、女の人に話し掛けられ何かを頼まれた。一回でよくわからなかったので聞き直すと、どうやらディズニーワールドのIt’s a small Worldのアトラクションのプロモ動画の撮影に協力して欲しいとのことだった。さっきから色んな人を捕まえてテレビの取材みたいなことしてるなとは気付いていたが、まさかディズニーとは!撮影が始まり、簡単なインタビューの後にIt’s a small Worldを歌わされ、しどろもどろだったのと緊張して固まっていたのとでもう一度撮り直して終了した。てことで、ディズニーワールドに行ってIt’s a small Worldのアトラクションに乗る際はビデオに日本人が移ってないか要チェック!

けっこう歩き疲れていたのに加え、撮影で精神的に疲弊し切っていたがまだまだ時間に余裕はあったので、さらにバスを使いハイラインに向かった。ハイラインというのは廃線となった高架鉄道を取り壊さず公園化したものである。やはり日曜ということで入り口から人で溢れていた。
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歩き始めてすぐハイラインの魅力に惹き込まれた。ニューヨークの中では何より感動したかもしれん。細い道の両脇には草花が生い茂り、さらに高架なのでその向こうには都会の街並みが広がっており遠くまで見えた。場所によってはハドソン川まで見渡すことが出来、自然と都会の相反する景色を同時に楽しめ、草のにおいが小学校時代に遊んだ公園の雑草を思い出させ懐かしさも感じた。
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途中アイスを食べながら休憩しつつ、2キロ近いハイラインを踏破した。ぶっ倒れそうだったが依然時間があったので、タイムズスクエア付近まで電車で向かい今度は本当のウィンドウショッピングを楽しんだ。ここでも結局何も買わず、さすがに足が棒だったので電車とバスでホステルに帰った。
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晩ご飯時だったのでキッチンで今日はウインナー入りオムレツを作りご飯とともに食した。もはやブラックペッパーマスターとなりつつあるので、なかなかの味付けでおいしかった。見栄えは昨日ほどは悪くなかったので今日は載せるw
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しばらくブログを書いていたら隣にドイツ人が座って来たので少し話し、一段落したところで再びブログに集中しここまで書いた。
てことで今日はここまで。
昨日の夜から。
お腹がすいたのとボストン最後の夜だったので2日前に行ったバーに三人で向かったのだが、バーテンダーが二日前とは違う人でIDチェックが必要だったので入れなかった。というのもイギリス人の男の子がまだ20歳だったから。てことで、近くのよくわからないところでチキン&ライスを食べ、再びホステルに向かってからしばらくビリヤードをした。その後二人は部屋に寝に戻ったが、何故か名残惜しくてまだ寝る気分ではなかったので他のロビーに向かいしばらく例の人懐っこい中国人と話し、さすがに眠くなったので部屋に戻り就寝。


何回か目が覚めつつも結局起きたのは10時前で、朝食、身支度、チェックアウトまで済ませて、シャトルバスで出発したのは11時だった。昨日一緒に行動した中国人とイギリス人の二人も一緒だった。その後二人は違う駅で降り、僕はバスターミナルにけっこう余裕を持って到着した。

しばらくベンチで時間を潰し、お腹も減ったしとバスターミナルにあるフードコートでメニューを眺めていると、視界の端にひょこっと頭が出て来たのでパッと見るとさっき別れたはずの中国人の女の子が。驚いてとっさに英語が出なかったが、なんとかなぜいるのか尋ねるとどうもお見送りに来てくれたらしい。近くにはイギリス人の彼もいて彼の説明によると、行く予定だった博物館の近くの駅まで行ったはいいが駅に着いた時点で、中国人の方の子が私たちがいるべき場所はここじゃないとか言い出し、僕のバスターミナルまでわざわざ来てくれたらしい。本当に嬉しいサプライズだった。今回のバックパッキングは何度も言っているが本当に出会いに恵まれているとつくづく実感。

その後二人とも別れバスに乗り4時間半かけてニューヨークまで向かった。ニューヨークはさすがに合計3日間歩きまくっているので地下鉄やバスもすんなり乗れ、このバックパッキングの1日目に泊まったホステルまで無事着いた。今回の受付の人は感じのいい人で、かぶっている帽子を褒めてくれハードロックカフェのピンを集めている話をすると最高!みたいなことを言ってくれた。ここに3週間前に泊まった旨を伝え、ホステルの説明は端折ってもらい、荷物を部屋に置くと、買い出しに出かけた。

スーパーも以前いったところに行ったので簡単に見つかり、ホステルのキッチンに戻ってお湯を沸かす間待っていると女の子が受付と間違えて入って来たので、案内してあげたらそこでもまた驚きの再会があった。女の子は全く知らない子なのだが、受付のところからちょうど出て来たのがなんとマイアミのホステルで同室だったチェコ人の男の子だった。音楽の話で盛り上がり、Facebookも交換していたのでニューヨークにいるのは知っていたがまさか同じ時期に同じホステルに泊まるなんて驚きしかなかった。

しばらくキッチンでマイアミで別れてからどうしていたのかをそれぞれ話した。その後彼は部屋に戻ったので、僕は前のホステルで残っていたので持って来た食材と、買い足した食材でオムライスを作って食べた。なぜオムライスかというと、ボストンのホステルではキッチンが汚くて自炊をしなかったので、自炊欲が高まっていたのとがっつりしたものがたべたかったためのチョイスだった。見栄えが良ければ写真を撮って載せようと思ったがさすがに久々の普通の料理は失敗に終わったのでやめておく。ちなみに味は最高でした。笑

その後こうしてブログを書いて過ごしている。ついにニューヨークに着いてもうすぐ帰国できるっていうのと、初めてのホステルではなく勝手を知っているホステルなので安心できるっていうのでなんかホッとしている。その一方で最初に痛い目にあったニューヨークなので最後まで油断できないと思っている部分もある。特に部屋が4人部屋なためかロッカーがないので貴重品の管理に気を使う。

ということで今日はここまで。
昨日の夜から。
ブログを書いた後、晩ご飯を買いに前日の夜に行ったバー&グリルに歩いて行き、ビーフバーガーなるものを持ち帰り自室で食べたら部屋が異常に肉臭くなった。ちなみに前日から部屋は8人部屋にも関わらず僕以外誰もいないのでプライベート部屋同然。

換気のためドアを開けて自分の部屋で時間を潰しているとカップルと思しき二人がビリヤード部屋の方へと向かって行ったのが見えたので、暇だった僕は追いかけて行き話しかけ一緒にビリヤードをした。その二人はどう見てもカップルに見えたが、出会い方はいまいち分からなかったものの、とりあえずノースカロライナで仲良くなりボストンまで一緒に旅している友達同士でイギリス人の男の子と、中国人の女の子だった。男の子の方はイギリスの大学に通っており単に旅行中のようで、女の子の方は大学では英語を専攻し卒業と同時にワーホリのような制度を使い、3ヶ月アメリカで働きその後1ヶ月旅行している途中だった。

明日の予定を聞くと同じところに行くみたいだったので起きる時間を相談して決め、しばらくビリヤードをしたところでそれぞれの部屋に別れた。ここまでが前日。


予定通りの時間に起き、一緒のシャトルバスで駅に向かい、電車で今日の目的地フリーダムトレイルの出発点まで行った。フリーダムトレイルというのは、ボストンにある主要な歴史上のポイントを通るように設置された総距離4キロほどの道のことで、案内表示や地図無しでも分かるように歩道に赤い線または赤レンガが埋め込まれておりそれを辿ればいいという実に旅行者に優しい設備である。
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State Houseに始まり教会や墓地、歴史上重要なホールなどを見てまわったが書いて行けばキリがないので印象に残ったものを抽出して書く。
まず、ハードロックカフェ!いきなりそれかよとは自分でも思うが、ニューヨークに始まりワシントンD.C.、マイアミ、フィラデルフィアと来て各都市で買い、最後となるボストンでもついに買い今回の旅行ではコンプリートしたので実に満足感があった。

あとはリトルイタリー!こちらはチャイナタウンのときと同様にアメリカなのに風景が様変わりし、独特の雰囲気だった。それがイタリアっぽいかと聞かれれば中国同様、行ったことがないのでわからない。店の前に飾られた花や看板の表記などがきれいで印象的だった。
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またこれは初日から気付いていたものの書き忘れていたのが、ボストンには随所に誰でも弾いて良いピアノが路上に置いてあって、ときたまそれを弾いている人もいてギャラリーが集まっていたりもする。オールドノースチャーチの近くにあったピアノが一際きれいだった。
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それからなんといってもアメリカの海軍が昔使っていた軍艦がやばかった。かっこよさが半端なくて実に興奮していたところに加えて、いきなり鐘が鳴らされたかと思うと“Japanese Navy!!”とアナウンスが流れ、日本の海上自衛隊の高官と思しき二人が軍艦に乗って来たので、これはチャンスと思い話し掛け写真を撮ってもらった。イギリス人の男の子はIDを持っていなかったので入れず、そのときは中国人の女の子と二人だったのだが、彼女も一緒に写真を撮ってもらい二人して上機嫌で下船した。
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それまではわりとみんな言葉少なでぼつぼつと喋っていたが、そこから二人が上機嫌になったものだからよく話すようになり、フリーダムトレイルの終点にあるベンチに座りしばらく話し続けた。ちょっと自慢だが“どうしてそんなにアジアの英語教育(つまりスピーキングを重視しない教育)でそこまで話せるのかわからない”と、同じくアジアの教育を受けた中国人に褒めてもらった。

また歩いている途中、イギリス人の男の子がニューヨークやボストンなど各地方で方言のようにアクセントが異なるという話をしていたので、僕の話す英語はどこのアクセントに近いのかと尋ねたら“イギリス英語だ”というので嬉しかった。ちなみに彼の話すイギリス英語はやはりきれいで聞き取りやすかった。

終点からは一番近い駅まで歩いて電車とシャトルバスを使いホステルまで一緒に帰った。ホステルについてからはそれぞれ自分のデバイスを取り出し、バスの予約をしたりFacebookを更新したりブログを更新したりと思い思いに過ごしているところである。

てことで、今日はここまで。
昨日の夜から。
ブログを書き終えロビーのソファに座っていると、iPhone5sを求めてわざわざボストンまで来たニューヨークに留学中の中国人が来て、やけに人懐っこい子だったのでしばらく話し、その子がホステルのパソコンに集中し始めたタイミングでこそっと抜けビリヤード台の方へ移動した。

ビリヤード台のところには男の人が一人手持ち無沙汰な様子で立っていたので、話しかけ一緒にビリヤードをすることに。その人は異常にビリヤードがうまくて結局一度も勝てなかったが、僕の練習に付き合ってもらう形で何ゲームもしてもらいながら色んな話をした。オレゴン州出身の人で元々していた仕事をやめて、作家になるためのネタ集めで世界を旅している途中だった。その人は弟がいて、僕が上に兄が居て弟であったためか、なんか兄みたいに優しくビリヤードも教えてくれたし、英語も聞き取りやすいようにゆっくり話したり言い換えたりしてくれた。ビールも奢ってくれたしほんとに良い人。途中で前日にちょろっと話したことのあった、これまたオレゴン州出身のアメリカ人がポーカーをしようと誘って来て、3人でペニー硬貨をかけてポーカーをしばらくしていた。

その後流れでバーに飲みに行くことになったが、その道すがらの会話はさすがにネイティブの二人の英語の速さに着いて行けなかったので専ら聞き役だった。バーはこじんまりとしたところで、併設でダーツやビリヤード台、Beer Pongという飲みゲーム用の台が置いてあるところで、音楽もDJがかけるというアミューズメント性の高いところだった。
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そこで閉店の1時まで飲んで過ごし、帰り道すがら紙タバコに初挑戦した。普通のタバコは興味もないが、前から紙タバコは普通のタバコと違うとなんとなくだけどバイト先で聞いたことがあったので試してみたかったため挑戦してみた。紙タバコを持っていたのは兄のように優しい方の人なのだが、そのときももう片方の人が“吸ってみたいって言ってる”と僕の言葉を彼に伝えてくれたのだが、“本人の口から聞くまで渡さない”と兄らしさを見せてくれた。ちなみに紙タバコの感想は最初の一口目はおいしい!と思ってしまったが、吸っていてもっと吸いたいとはならなかったので、今後吸うことはないやろう。良い経験にはなった。
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帰り道は本当に話が速かったのと紙タバコに気をとられていたのであまり聞いていなかったが、なんとなくアメリカの政治の話をしているのはわかっていた。しかしホステルに着いたくらいのタイミングで僕にも“僕はアメリカのことしか知らないから日本人の意見を是非聞いてみたい”と意見を求められたので、もう一度話を振り返ってもらいなんとか下手くそな英語で意見を言ってみた。さすがに政治の話になると言葉がなかなか出てこなくて難しい。

内容的にはアメリカは連邦政府が力を持ち過ぎており、さらにその連邦政府はアメリカの富裕層から多大な支援を受けているために、貧困層を無視した法律や社会制度、保障制度になってしまっているらしい。生まれつきの階級は選べないのだからそれほど理不尽なことはない、改革を起こすべきだが富裕そうでもない立場からどうすればいいのかと。しかもアメリカでは貧困層も富裕層も関係なく税は同じように徴収するという。僕はびっくりするくらい政治に関して無知なため初めて知ったので、とりあえず日本の累進課税の話と社会保障制度のことは知っている限り伝えた。さらにそのアメリカの政治体制は僕もおかしい、理不尽だと思うと意見を述べ、1時間以上どうすればこの理不尽な政治体制を変えられるのか、Revolutionを起こせるのかという話をし続けた。なんか話しながらああ青春っぽいと思ってしまった(笑)単なるバックパッカーの3人が世界を牛耳るアメリカという大きな国全体のあり方について、ボストンの郊外で深夜に何時間も真剣に話すというのはくすぐったい感覚だった。

話も一段落したところで中に入り、連絡先を交換してお互いに楽しかったありがとうと礼を言い、それぞれの部屋に別れ就寝。その二人とも次の日には出発してしまうので寂しかった。昨日の夜は長くなったがここまで。


今朝はまた深夜まで起きていたので10時くらいまで目が覚めず、朝食を食べ身支度を済ませてホステルを出発するシャトルバスに乗ったのは11時半だった。今日は最初にMITに行く予定にしていた。

電車を乗り継ぎ今度も大学生のふりをしながらMITに潜入。MITはハーバードと違い校舎は近代的ではなく、むしろ歴史を感じさせる感じで、生徒もさすがに理系の大学だけあっていかにも理系な感じの子が多かった。無事校舎は見つけたのだが、なんせ中は広くなかなか広い教室を見つけられなかった。やっと見つけたと思った教室も入り口が前にしかなく、しかもそんなに広くもない教室だったのでビビって何往復か入り口前を往復したが、こんな機会はないと思い切って乗り込むことに。全然怪しまれることもなく、世界最高峰の大学の授業を受けることが出来た。
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内容はビデオで撮ったものをパソコン画面に3D投射するマッピングとアンプリファイアー、いわゆるアンプを扱ったものだった。その二つにそういう共通点があるのかわからないが、アンプの方の内容は高校物理の範囲だったので英語だったがほぼ内容はわかったし、クイズもわかったのが嬉しくて周りに聞こえるようにぶつぶつ答えを何回も言ってみた。けっこううざい生徒だったと思う。雰囲気はかなりみんな真面目で静かで、すこし怖ささえ感じた。演習問題のプリントをお土産にもらい、授業が終わったので外に出てしばらく構内を散策した。
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MITはハーバードほどの感動は正直なかったが、いずれにしてもアメリカの世界最高峰と言われる二つの大学の生徒が授業を受けている姿や、勉強している姿を目の当たりにして、何か刺激を受けたのは確か。やっぱり勉強できる人の方がかっこいいと思う。僕は大学に入ってから弾けたように勉強をせず遊びとバイトに明け暮れたが、帰国したらちょうど専門科目が始まるタイミングだし、勉強を必死になって頑張ろうと思った。この気持ちがいつまで持続するかはわからないが、願わくはこれをきっかけにこれからは勉強にも時間をかけて良い成績で大学を卒業できたらなと思う。

構内も一通り見てまわったので、駅に戻り昼食をとり次なる目的地へ電車で向かった。トリニティーチャーチから超高級デザイナーズショップが集まるコープリープレイス、大きな噴水とプールがあるReflecting Pool、そしてマザーチャーチと順番に歩いて見てまわった。教会は有料だったので中には入らなかったが、マザーチャーチの建物の厳然たるたたずまいは半端じゃなかったのと、Reflecting Poolは天気もよく本当に反射してきれいだったのは感動ものだった。昨日の記事にも散々書いたが、ボストンは本当に街がきれい。すばらしい。
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少し早かったが歩き疲れたので電車とバスを乗り継いでホステルまで戻って、ロビーでブログを書いているところである。まだ早いが今日はここまで。
今朝はさすがに前日3時近くまで起きていたのでぱっと目が覚めたのは8時半で、ベッドを出たのは9時近くだった。無料の朝食を食べ、身支度をしている途中に、ホステルから最寄り駅まで30分おきに出ているシャトルバスに乗って日本人の知り合いがニューヨークへ向けて出発して行った。

その次のシャトルバスに乗って僕も最寄り駅へ行き、この日最初の目的地ハーバード大学へ。駅の目の前に大学はあり、地味な入り口からあまりに広い構内をあちこち歩いているとどうも理系のクラスの教室が集まっている建物を見つけたので生徒のふりをして潜入してみた。これは先入観抜きでパソコンやノートを開いてホールで勉強している人の多さに驚いたし、おそらく授業後だったのだろう、教授と思しき人を取り囲むようにして生徒が質問攻めにしている様子にも驚いた。
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また前日ホステルで知り合った日本人がハーバードでは大きい教室の授業なら潜り込んで受けられるよと教えてくれていたので、授業が始まりそうなタイミングまで、学食でご飯を食べたりMacbookを開いてそれっぽくしてみたりして時間を潰し、うまく大ホールの教室に潜り込めた。人気の授業なのかそれともいつもそうなのか、教室はかなり大きかったにも関わらず生徒でいっぱいで、ノートを取るためにみんなMacを開き、やっぱりというかなんというか賢そうだった。
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ハーバード大学の授業を受けられると思うとワクワクしてきて、自分の大学初日のことを思い出した。授業はというと…最高だった。内容ははっきり言ってさすがに早口の教授の言葉で半分も理解はできなかったが、パワポと自分の持ち合わせている知識を合わせてなんとなくこんな感じかと聞いていた。おそらくパブロフの犬とかASIMOが出て来たから、反射や条件反射をいかにプログラミングするかみたいな授業やったと思う。たぶん。とりあえず教授のプレゼン力の高さで終始教室は笑いが絶えず、かつ重要なとこは強調し生徒もそのタイミングでパソコンに打ち込んでいた。

90分の授業もあっという間に終わったが、正直英語にも関わらずここまで引きつけられる授業は自分の大学では受けたことがない。まず教授があんなに強弱緩急をつけて話したりするところすら見たことがないし、必ずしも面白い授業が良い授業とは限らないがあんな生徒が笑う授業も見たことがない。どっちがいいかは個人に依るのだろうが、僕はハーバードの授業の方が好き。

教室を出てさらに歩いているとおそらく表門らしき方向に出られてきれいな広場や、有名な図書館、きれいなステンドグラスがあしらわれたシアターなどを見ることが出来た。もっと歴史的な感じがするのかと思っていたが構内のベンチやオブジェは近代的で、斬新なデザインのものが多かった。図書館に入ってみたかったのだが、受付の人に聞いてみると一般には開放してないらしく入ることはできなかった。
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ハーバード大学を出て、どこに行くか決めながら電車に乗り結局中心地に行くことに。まず最初に包括していうとボストンの街並みは凄まじくきれい!また引合いに出して悪いが、フィラデルフィアも街並みはきれいだったがそんなレベルじゃないくらいのきれさだった。赤煉瓦の建物や歩道、きれいな港に街灯がまたアンティークな感じで美しく、住みたいとさえ思うほどで、さらに大げさじゃなくその街並みのきれさに涙が出てきそうだった。
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散々歩きまわってState HouseやOld State House、City Hallなど代表的な建物を見て、さすがに歩き疲れたのと少し早いが夕飯時になっていたので、近くの駅からCHINA TOWNに向かった。というのも、昨日の深夜ドイツ人が話していたときに絶賛していたダンプリングとやらを食べてみたいと思っていたからだった。
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チャイナタウンはここまで中国に染まるものなのかと驚くくらい、ボストンからはかけ離れて中国そのものだった。中国に行ったことないけど。とりあえずレストランは高そうだったので、ファストフードに毛が生えたような食堂的なところに入り、チキン丼とそのダンプリングなるものを頼んでみた。ダンプリングは数を聞くと8個と多かったので、個数を半分にしてもらって料金も半額にしてもらって注文し、すると出て来たのはなんのことはない餃子だった。餃子のことをDumplingsと言うのは初めて知った。そこのボスは中国人のおばさんの気の良い感じの人で色々と話し掛けてくれた。
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チキン丼も多くかなりお腹いっぱいになったところで、電車に乗ってホステルの最寄り駅まで帰り、ホステルまでは再び20分ほど歩いた。

そしてブログを書いて今に至る。まだしばらく起きている予定だが続きはまた明日にして今日はここまで。