けやき川の上流、ひとが滅多に踏み入れない地には、いまも天然の蛍がいた。もつれそうになる足を必死に動かして、進む。

 蛍が湧き出る森。おとぎ話の舞台のような場所がこの小さな田舎町にあるとわたしに教えてくれたのは、亡き祖母だった。

 わたしが小学校四年のことだった。自身の死期を悟った祖母は、たったひとりの孫娘であるわたしにこの場所のことを話して聞かせた。

『世界にはたくさんの綺麗な景色がある。でもね、自分のすぐ傍にも、世界中に誇れるほどの綺麗な景色があるの。そのことを知らないひとは一生見られない。知っていても、季節がずれたり天気が邪魔をしたらやっぱり見られない。そして、行こうと自分の意思で歩かない限り、見られない。しあわせってのも、そうよ。覚えておいてね』

 わたしの手を握ってくる手は温かかったはずなのに、いまはその温もりをうまく思い出せない。それは、わたしが祖母の望んでいない目的でここに辿り着いたからだろうか。

 木々を抜けると、甘やかな水の匂いが濃くなった。瞬く光たちが波のように動き、わたしという侵入者の周りを歓待するように舞う。

「すごい」

 無意識の呟きにすら呼応するように、光がさわさわと流れる。



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『蛍たちの祈り』(著者:町田そのこ) より