●製品名:ターガーパウⓇLB-1101
●メーカー:アシックス
●販売時期:1992~1993年
●定価:\35,000
●キーワード:リロイ・バレル、モノソック構造、トライアングルピン、工業用ダイヤモンド
陸上界のレジェンド、カール・ルイスには、陸上キャリアを通じて多くのライバルが立ちはだかっておりました。1988年のソウル五輪では100mでベン・ジョンソンと、1991年東京世界陸上では走り幅跳びでマイク・パウェルと死闘を繰り広げておりましたが、同東京世界陸上100mで戦ったリロイ・バレルも超強力なライバルの一人です。
1991年、30歳を超えたルイスと同じサンタモニカ・トラッククラブの新星リロイ・バレルは、アシックスと契約を結んで高パフォーマンスを連発。世界新記録となる9"90を同社のスパイクで叩き出し、東京世界陸上に臨んできました。その際に開発された技術が組み込まれ、1992年にリリースされたモデルが「LB11-01」です。LB=Leroy Burrellですね。
バレルがアシックスに要求したスパイクの仕様は「大きな突起をつけて、トラックをグリップする力と反発を高めてほしい」でした。それに対し、アシックスは、陸上スパイクで初めてチタン合金を駆使した「トライアングル・ピン」を開発します。
陸上スパイクは11本のピンまでしか配置できないので、この軽量チタン製のトライアングルピンで、
わずかな面積で3本のピンを配置し、グリップを高めようという戦略です。
ちなみに、カール・ルイスは前述の通り、先にミズノと契約しており、彼の要求は「とにかく軽いスパイク」。
軽量性のミズノvsグリップ性のアシックスとして、東京世界陸上のルイスvsバレルは、ミズノとアシックスの代理戦争と言われておりました。
(ルイスの当時のスパイクに関してもブログ中で「伝説のスパイク」として記載してますのでご参照ください)
軍配は、スタートで先行したバレルに対し、後半猛烈な追い上げを見せたルイスがわずかに先着しミズノの勝利となりました。ルイスが9"86、バレルが9"88と、二人とも当時の世界新記録を上回った、素晴らしいレースでした。
話を「LB11-01」に戻すと、このスパイクがどれだけバレルのスパイクを反映しているかわかりませんが
前述のトライアングルピンを2個も使用しています。つまり、2か所×3本=6本を配置してしまっているので
残り配置できるのは5本だけ。スカスカな場所が発生することになります。
結果、ピンなし、レジナスクロウだけしかないエリアが発生しており、何か珍奇な配列だなー、と思わされたものでした。
また、ソール後足部は、工業用ダイヤモンドが配置されており、摩耗されることなくトラックをグリップし続ける仕様となっていました。工業用とは言えダイヤモンド、、スパイクにこの素材が使われているのは他に知りませんねー。バブル期日本っぽさを感じますが、トップアスリートが耐久性なんか気にするの?とか、だから35,000円もするのか、とかいろいろ考えさせられたものでした。
その他、ナイキのハラチシステムのように、スパイク内にソックス構造がついており(モノソック構造)、フィット感にも配慮されたこのスパイクは、まさに当時の技術の粋を詰め込みつくしたスパイクと言ってよいでしょう。
1991年の世界陸上後、バレルは世界大会での個人タイトルからは離れましたが、アシックスとの共同研究は続けられ、1995年には9"85の世界記録を再び同社のスパイクで出すことになります。
契約料もあったでしょうけど、当時、世界の超トップアスリートと日本のメーカーがタッグを組んで、世界記録を複数回更新したっていうのは、何か当時の日本の影響力を感じますよね。
また国産スパイクやシューズが世界を席巻できるような日が来るといいなー、と切に願います。
(何か、しがないサラリーマンですけど、自分にも出来ることがないかなあ。。)