ブログ 太陽と共に始めよ

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☆ブログ「太陽と共に始めよ」2019年06月27日(木)
 
 ≪第二日課≫ガラテヤ5:1,13-15(新349)

5:1 この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません。
 
 
*真の子としての自由。
奴隷ハガルの子ではなく、サラから生まれた正真正銘の真の子。両者ともアブラハムの子であるが、両者の違いは何か。前者は自分の出自を常に気にするが、後者は子であることを誇りと思う純一性のうちにある。神の子であるとは純一性の中で喜びを謳歌する者である。「詩編16:6:測り縄は麗しい地を示し/わたしは輝かしい嗣業を受けました。」一点の曇りもない親子の一致である。これは神のみが与える自由の境地である。この自由のために、キリストはご自身をささげ、キリストご自身の子たる身分に与る者としてくださった。キリスト・イエス以外に誰も、神の子の自由の中に生まれた者はいないから、キリストが与えてくださらなければ誰も神の子の自由を知ることはない。その自由をしかし、人間はやすやすと捨ててしまい、以前の奴隷の身分における、おそれと不安の中で自由を乱用する者へと逆戻りする力がたえず働く。たえず、自問自答し、自分の自由を確かめようとし、挙句の果てに、最も凡庸卑俗猥雑な「自由」に居場所を見出してしまう。だから「しっかりとしなさい」とパウロは明確に、そのようないつか来た道に帰ることも警鐘を鳴らす。