6月26日。FC東京は柏レイソル戦の前日練習で順調に全メニューを消化し、いつものように小平グラウンドの中央に円を作った。普段通りの光景が流れていく。ランコ・ポポヴィッチ監督が集まった選手たちに言葉を伝え、塚田貴志通訳がそれを訳す。そのまま手拍子で締めて円陣は解かれるはずだった。
塚田通訳が「じゃあ、今日はゆっくり休んで……」と言いかけて表情を崩した。周りの選手とスタッフも、不自然に後ろで組んだ両手にスクイズボトルや、ペットボトルを握り締めてニヤリと口角を上げる。そして、指揮官の真隣に立つ塚田通訳が言葉を足す。「じゃあ、今日はゆっくり休んで……水をかけましょう」。
それを合図に、輪の中心目掛けて四方八方から水が噴射された。45回目のバースデーを迎えたポポヴィッチ監督はたまらず両目を覆い、満面の笑みを浮かべた。指揮官は、選手たちの手荒い祝福をジョークで切り返した。
「たぶん優しい選手のことだから水に育毛剤を混ぜてくれたんじゃないのかな。濃い目に毛が生えてくれればいいね。でも、ルーニーみたいな髪型は嫌だよ。あいつは失敗したんじゃないのかな。誕生日だからといって特別気にしていないよ。選手が健康で楽しみながらトレーニングができたことの方がうれしいから」
そう言うと、緩めていた口元を閉じた。27日の相手は、昨季のJ1リーグ王者。リーグ戦の直近5戦で4勝1分けの負けなしと上り調子だ。しかも、3月3日の富士ゼロックス・スーパーカップでは試合の主導権を握りながらも、レアンドロ・ドミンゲスと、ジョルジ・ワグネルの強烈な個性の前に1-2で敗戦を喫している。
「相手には、試合で違いを見せ付けられる選手たちがいる。でも、コレクティブに戦うことが、試合を終わらせることができる彼らよりも強いということをここで証明したい」(ポポヴィッチ監督)
負傷者が相次ぐ中で迎える一戦。しかし、FC東京はファミリーとして王者に挑む。MF長谷川アーリアジャスールは「(平山)相太くんの次は、バースデーゴールを監督にプレゼントしますよ」と、意気込む。指揮官は「我が子」と呼ぶ選手たちが勝利に喜ぶ姿を想像してほほ笑んだ。「どのゲームでも勝利はいつだってわたしにとって誕生日プレゼントと同じぐらいうれしいものだよ」。
取材・文:馬場康平
「この記事の著作権はスポーツナビ に帰属します。」