マイケルの少年愛へのヒントを探していたところ、こちらのブログ、とても分かりやすい説明をしてくださってますので、リブログさせていただきました。

素晴らしい記事をありがとうございます🙇


もう、LGBTQがマイノリティの時代は終わりましたよね。
私の勤め先でも、LGBTQへの理解について、eラーニングをしています。
日本や欧米において、彼らは完全に権利を勝ち取りました。


そう思うと、生きてるだけで頑張ってると思えるほどの悩みを抱えたマイノリティは、犯罪になる性的嗜好を持っている方々ではないでしょうか。


マイケルの少年時代は、超過密スケジュールの仕事と名声によって奪われました。
マイケル以外の兄弟は、外に出ても声をかけられる程度で自由がありました。
マイケルだけは、外に出るだけで揉みくちゃにされたり髪を抜かれたり、人だかりが出来て警察からも「騒ぎになるから外に出るな」と言われていました。
本当に孤独だったのです。

そして、マイケル自身は少年愛を悪いことだと思っておらず、この世の中が愛に壁を作っているとさえ思っているようなフシがありました。

兄弟や父の浮気などにはとても神経質だったのに、自分のそれには気付かず、天然だったようにすら感じます。
まるで彼の両親が、天然で彼を歌わせ働かせ続けプレッシャーをかけ続けたように。

これは、あくまで自分が子供時代を奪われた被害者であり、奪われながらも世間に歌とダンスで愛を与え続けたという、明確な正当性が芽生えていたからではないでしょうか。

マイケルのオックスフォードの演説を思い浮かべ、それは主に自分の子供達へのメッセージであって、少年の愛人達へのメッセージではなかったかもしれませんが、許せと言っているように聞こえます。

結局、マイケルの両親も、自分達の何が悪かったか理解出来ていなかったようでしたし、あんなに演説で、負の連鎖を止めることについて、心を込めて訴えていたのに、なんという悲劇的な結果なのでしょう。

もう、宇宙の法則ってこうなの?って怖くなってしまう話だな。


そういえば、昨日の記事に、スリラーの最後がゾンビに戻るのが、彼の疑惑が黒だったからなの?的な事を書いたのですが、スリラーのショートビデオのスタンダードな解釈は、ゾンビ=黒人で、このスリラーのアルバムを白人をギョッと言わす、ほぼ白人のグラミー賞の会場をギョッと言わすものにするからね!という意味だと思います。
いえ、どんな意味にもとれるし、投影できる、レベルの高い芸術作品ということですね。

私は妙に、黒人が白人にされた奴隷や差別について、悲しく怒りの気持ちになってしまいがちです。
もしかして、いつかの過去世で苦しんだ黒人だったのでしょうか?なんて、バカなことを思ってしまいます。
とはいえニューヨークなどで旅行の際、白人はみんな親切にしてくれるけど、黒人にはよくバカにしたような態度を取らがちです(((^^;)
黄色人種アルアルでしょうか?💦


そしてこういった妙な分析じみたこと、マイケルが一番嫌がることかもしれませんね😱スリラー👻


うーん、負の連鎖を止めるなんて言っちゃってること事態が、老子で言う無為自然に反することなのでしょうかね。
結局、戦いたい人も、平和でいたい人も、差別したい人も、差別したくない人もいる。
犯罪しない人も、犯罪する人も、犯罪される人も、犯罪されない人もいる。
それが自然ってもんよ、上善水の如しで生きましょうってことかな。

とはいえマイケルは、音楽は押し付けであってはいけない、シンプルで自然に流れて来るものだと言っていた。
そこはやはり天才、天然ではありませんでした。
彼の音楽は、絶対に善であると言える。