一隅を照らす。これ国宝なり。
この言葉には、8年前のGWに訪れた立石寺(山形県)で出会いました。
五大堂からの眺望
1,100を越える石段のどのへんにあったか覚えていませんが、印象的な
言葉だったので、東京に帰ってきてから調べました。
それ以降、私にとって大切な言葉になっています。
この言葉は、最澄上人・伝教大師の言葉ですが、意味は、
国宝とは国家の宝物、立派な正しい人間のこと。宝とは道心即ち菩薩心。道を極め、道を求め、さらなる道を求め努める人が国の宝である。今、あなたがいるその場面で、あなたが光れば、その光は前にも後ろにも横にも広がり、美しく大きな光となりこの世を照らす。そしてこの世で、なくてはならない人に。あなただからこそ輝くことができ、あなたがいるから生きられる。あなたのお陰で生かしていただける。
だから今、自分に与えられたこの場所で(仕事、学校、家庭)で自分の持てる力で精一杯努める。
そして、その真摯な想い、行動が一隅を照らすことになるのです。
一隅を照らす。これ国宝なり。
アメブロ会員として、たくさんのブログを読んでいると、
次のような想いが生まれます。
楽しいこと。
癒しを感じること。
苦しいこと。
腹立たしいこと。
悲しいこと。
など、さまざま想いが
時にはさざ波のように、
時には大きな感情のうねりとなって
共感を生み出していく。
そして共感の輪は
やがて、共感の和(*)
へとつながって行く。
以前から交流があった方々、最近交流を始めた方々。
4/14時点で850万人もいるアメブロ会員の中で、
知り合えたのは、奇縁があったのだと思います。
これからも、共感の和を築く者の一人として、よろしく
お願い致します。
本日は、リスタートするには良い日だとの啓示を得たので
予定を繰り上げて、記事の掲載を再開しました。
*共感の和
誤変換で偶然生まれた言葉です。調和の「和」と加算の「和」の意味を持つような気がして使いました。