アルビノな私と息子達

アルビノな私と息子達

先天性白皮症(アルビノ)の私が、二人の息子達の育児の中で経験したこと、感じたことを書いていきます。

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私が生まれたのは、なーんにもない田舎町でした。
もちろん外国人なんて全くいないようなところでしたから、金髪の赤ちゃんというだけで一躍有名人でした。


祖母と叔父が食堂を経営していて、私が2歳ぐらいになる頃には母も手伝うようになっていたので、お店は私の遊び場で、お客さん達が遊び相手でした。
そんな感じで大人に囲まれて過ごしていたからか、おませで、おしゃべりが大好きで、誰にでも話しかける子供だったようです。


小さな町でしたから、私のことを知らない人はいないぐらいで、まさに町のアイドルのようだった私が、父の仕事の都合で全く別のところに引っ越したのは、ちょうど幼稚園に上がる頃でした。




初めての集団生活で、初めて思い知らされたこと。
それは、私には他の子と同じようにはできないことがたくさんあるという現実でした。


まず、せっかく仲良くなっても、みんな同じ制服を着ているので、相手を見失うと見つけられないこと。
一斉に園庭に駆け出して行かれてしまったら、もうお手上げです。
そうなると仕方ないので、一人で教室でお絵描きをするのがもっぱらでした。


それから、先生がみんなの前でお遊戯をしたり、折り紙をしたりしていても、見えないから真似できないこと。
朝のお遊戯の時間、何もせずに立っていたら、変な子と思われるんじゃないかと、自分の前に並んでいる子を必死で見て真似していました。


なんで見えないって言わなかったの?と思われるかもしれません。
一言そう言えば、きっと先生方がフォローしてくれたでしょう。


でも、言えなかったんです。
それを言ってしまうと弱味を見せることになる気がして。
先生方も声をかけたりしてくれていたんですが、強がって本当のことを言わずに過ごしていました。


もう一つ言わずにいたことがありました。
それは、同じクラスの男の子達にいつもからかわれていたことです。


よく言われていたのは、「お前は外国から箱に入れられて送られてきたんだ」という、普通に考えたら全く現実的ではない話でした。
でも、そこは私も小さい子供ですから、もしかするとそういうことなのかもと思ってしまったんです。
白皮症のことは母から説明されていましたが、もしかして…と思ってしまったんですね。


たまたまそばで見ていた他の子のお母さんに、私がからかわれていたことを聞いた母は、私にへその緒や生まれたときの写真を見せて、「間違いなく私とパパの子供なんだよ」と言いました。
それを聞いてとてもほっとしたのを覚えています。


今自分も母親になって思うのは、きっとあの時母は悲しかっただろうなぁということてす。
いじめられていることを、本人ではなく他人から聞かされるなんて、どうして親である自分に早く言ってくれなかったんだと。
私は心配させたくない一心だったのですが、何も言わない方がよっぽど心配で悲しかっただろうなぁと思います。




私にそっくりな長男は、なかなか学校での出来事などを話してくらないので、今母の気持ちが身にしみてわかる今日この頃です。