仏像に会いに お寺へ行こう。

仏像に会いに お寺へ行こう。

歴女(武女子)が語る、大好きな仏像、素敵なお寺。
オススメ仏像本や DVDを紹介してみたり、
好きな戦国武将の城跡や史跡の話を書いていきます。

お暇な時にでも、こっそり覗いてやってくださいマセv

さてさて次は、以前に行った御寺 泉涌寺にほど近い所のにあるお寺に来ました。
泉涌寺の塔頭で「今熊野観音寺」という、西国三十三所の15番目です。
 
以前は泉涌寺と戒光律寺、即成院へ行ったのですが、ここは行っていないお寺ですイヒ
こちらの塔頭はたくさんあるので、その時パスしたのが悔やまれますショック汗
 

 
平安の昔、弘法大師空海上人が唐の国から帰国されてほどなくの頃、東寺において真言密教の秘法を修法されていたとき、東山の山中に光明がさし瑞雲棚引いているのを見られました。
不思議に思われてその方へ慕い行かれると、その山中に白髪の一老翁が姿を現わされ、「この山に一寸八分の観世音がましますが、これは天照大神の御作で、衆生済度のためにこの地に来現されたのである。ここに一宇を構えて観世音をまつり、末世の衆生を利益し救済されよ。」と語りかけられ、またそのときに一寸八分の十一面観世音菩薩像と、一夥の宝印を大師に与えられました。この時に老翁が立ち去ろうとされたので何びとかをたずねると、「自分は熊野の権現で、永くこの地の守護神になるであろう。」と告げられて姿を消されました。
大師は熊野権現のお告げのままに一堂を建立され、みずから一尺八寸の十一面観世音菩薩像を刻まれ、授かった一寸八分の像を体内仏として納め、奉安されたのが当山のはじまりです。弘法大師御作のこの観世音菩薩像は秘仏として大切にまつられ、一千二百年の長きにわたって衆生を利益し続けておられます。
またこ の時に大師が、観世音をまつるのにふさわしい霊地を選ぶために錫杖をもって岩根をうがたれると霊泉が湧き出しました。大師はこの清涼なる清水を観音御利生の水として崇められ「五智水」と名付けられました。爾来今日に到るまでこんこんと湧き出し、私たちに深き恵みの水をお与え下さっています。(今熊野観音寺公式HP 由緒沿革より)
 
 
 
本堂。
ご本尊は、弘法大師御作と伝えられる十一面観世音菩薩(身丈・一尺八寸)ガーン
 
 
弘法大師が当山を開かれるときに錫杖をもって岩根をうがたれて湧き出した水が「五智水」だとか……ホントかな~…弘法大師の伝説は、人智を超えてるからねぇにやり
 
 
鐘楼。
 
ちょっと離れた所から写すと、山の中腹に平安様式の多宝塔の「医聖堂」が見えます。
 
弘法大師ゆかりなだけあり、高野山の多宝塔に似てますネラブラブ
歩いて行ける所のようですが、今回は時間が無いのでパスします……(また後悔するぞ~私ドクロ
 
この付近のお寺はもう一度ゆっくり巡ってみたいと思いますニコ音譜