もうひとつ・・・よく流れていたコマーシャルが、
金子みすゞさんの「こだまでしょうか」
学生の頃から「詩」は好きで、中原中也とか高村光太郎とか・・・
結構読んでましたが、金子みすゞは、子供の小学校の教科書に
「わたしと小鳥とすずと・・・」という彼女の代表作が載っているので(今でも)
子供のこころをやさしく歌う、さりげなく芯をつく詩を書く人だという印象でした。
こだまでしょうか
「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「ばか」っていうと
「ばか」ていう。
「もう遊ばない」っていうと
「もう遊ばない」っていう。
そうして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。
私が、同じように返してあげなかったから・・・
夫を丸ごと受け入れられなかったから・・・
そんな、思いに苛まれました
そしてまた、たくさんたくさん考えて・・・・
大人になると、
いつかは・・・誰でもになるかもしれないけど
今・・・誰でもとは限らないのかな・・・って。
決めつけたらいけないのかもしれないけど、
やっぱり、世の中には「誰でも」に入れない人がいる。
そしてまた・・・「恋愛」は別だなと。
「恋愛」だけは・・・
結婚は「恋愛」とは違うけど、「恋愛」も込みだと思うから。
大人もみんな、こんな気持ちを持ち続けられたらいいのに・・・
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
今、丸ごと受け入れるべきは子供達
バタバタする日常に、つい忘れてしまいがちだけど、
この詩のように、子供達を愛したいと思いました
今までなら気にも留めなかったであろう、いろいろな言葉に、
傷つき・考え・癒されている。
言葉は、時に3秒で完治する特効薬であったり、
時に3秒で、心を深くえぐり取る凶器にもなる。
言葉は、気持ちを伝える手段であり、
時に、嘘を守る為の道具になってしまう。
日々、気づく言葉に・・・ありがとう
感謝です![]()




テレビっ子なのに、










」 だって

