湖池多駆の何して遊ぶ? -2ページ目

湖池多駆の何して遊ぶ?

時間は永遠じゃない!
「暇だー 雨だー だるい―。」
そんな事をつぶやく前に、
  隣の人に言ってみよう!
    「ねぇねぇ 何して遊ぶ?」
 

おっ、おやじ・・・・・・。
この言葉とともにため息をついたのが二日前。
4年前に他界した親父に向かってまさかこんな言葉が出るとは・・・・。

話はさかのぼること1週間
当社テナントビルの店子さんから
「冷凍庫が壊れました。」
との電話。
次の日に様子を見に行くと明らかに耐用年数オーバー状態。
買い替えするしかないと思い、現場においてあるスケールを持ってサイズを図った。
その後アマゾンにて冷凍庫購入。
引っ越し便対応だったので到着に合わせて現場待機。
カウンター越しに搬入し、設置予定の場所に収めようとした時・・・。

入らない・・・・・。
「なぜっ?・・・・・・・・・・。」

この時はスケールで測ったかどうかの記憶もあいまいだった。

自分の腕は肘から指先まで45センチ。
親指から小指まで20センチ。

1週間前の自分はもしかしたら自己流スケールであいまいに図ってしまったために今日のこの結果を招いてしまったのか・・・・。

すぐさまレイアウト変更を試みてとりあえず冷凍庫は設置したものの、今までの場所が不自然に開いてしまう。

いつも何かとお世話になっているリサイクルのコイズミさんに電話をしてこのスペースに合う作業台を注文することにした。

しかしここで自分の腕と、手を使っての計測をしたのではまた同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。

いったん電話を切って、現場からスケールを持ってきて、しっかりと計測。

幅630のスペースあり。

幅600の冷凍庫を注文したつもりだったのだが入らなかったということは注文の際に何かを勘違いしてしまったのだろうと自分のいい加減さを反省した。

「600×600の作業台をください。そして大変申し訳ないのですが今日中に配達をお願いできませんか?」

お忙しいところを無理行って配達していただきました。しかも形違いを2台も・・・・。

配達員さんの手を借りて設置場所に運び込むと・・・・。

また、入らない・・・・・。

「あれっ???    これほんとに600幅?」
「はい、間違いありません。」

数十秒の間に頭の中で自分に問いかける。

「さっきスケールで測ったよなあ?」
「見間違いをしないように2度3度数字を確認したよなあ?」
「俺、頭やられてきたのかなあ?」
「いや、ちゃんと図ったなあ。」

1週間前ではなく数時間前の出来事なので自分の身体を使って計測したわけではない事はしっかりと覚えている。

なのに・・・・・。

なのに・・・。

入らないのだ。

「あっ!・・・・・・・・・・・・」

急いで階段を駆け下りスケールのある場所へ。

引き出しからスケールを取り出し、心の中で

「せーの!」

そういって引き延ばしてみた。

おっ、おやじ・・・・・・・・・。泣

溜息しか出なかった。





左から0,1,2,3,4,5,6,7,8,9 そして20

先端を曲げてしまったスケールを切ってつけて使用可能状態に修復。

しかし数値はマイナス10センチ。

これじゃあ・・・・・・・・。


このスケールはちゃんと持ち帰り、仏壇に供えておきました。


昨夜は都内でスラックスにTシャツ、その上に薄いボタンダウンシャツで快適に過ごせた。

本日も同じ姿でチェックアウト。
スーツケースは宅配便で送って、
カフェ散策へ出発。

銀座まで歩く事約15分。

一件目のカフェがあるビルについた時には体温上昇

汗が止まらない。

ボタンダウンシャツを脱いでTシャツ1枚になっても、まだまだ。

二本の足が熱を帯びているのがはっきり確認できる。
エアコンの効いたカフェに入っても改善は見られない。

そりゃそうだ。
普段エアコンがきいている事務所にいても薄めの短パンで生活しているのだから。

とにかく手に持ったシャツが邪魔。

いつも買い物しているショップまで行けばショッピングバックをくれるだろう!

そう思い歩くこと5分

入店と同時にバックをお願いすると、快く快諾。

更にお茶まで出していただいた。

しかし足の体温は全く変化なし。

俺にはまだハーフパンツが必要!

着替えようにも荷物はクロネコ。

仕方なくハーフパンツ購入を決意。

秋物に変わっているために奥から出してもらった。

全品30%OFFだというのでラッキーではあったが

余計な出費には変わらない。

ソックスも履き替えなければいけないし…。


我ながら何してんだか!泣

反対するものは代案を出せとかよく目にするが、お門違いも甚だしい。


テレビ番組の視聴率が悪い時、一般の方から面白くないと言われたら、関係者はそのクレームを言ってきた人に「ならおまえが番組を作れ!」とでもいうのですか?


面白くなければ見ない。つまらないよと言っていただけるだけありがたく聞く。


これが正しい形じゃないのかね?


我々一般人は政府関係者が知っているような各国との事情やら経済に伴う重要事項やら、何ら知らされてはいないのだ。少ない情報しかない中で代案を? 一般人に代案を? そうじゃないでしょう?


田舎の集まりのイベント企画会議じゃないんだから。


我々にできることはおかしいと思ったことに声をあげ、その代案は代表者になった議員が作り上げ、一般人の理解を求めることでしょう?


そのために税金から高い議員報酬をもらっているのではないのですか?


都合のいい時だけ政治家になり、時には政治屋に化け、一番の目的が自己の利益追求なら違う商売のほうがいいのでは?


あっ! 政治家になったほうが簡単に手に入りそうですね。


なるほど。

4年前の今、あと数時間後の出来事を知る由もなかった。

ただの地震ではなかった。

放射能というものをここまで身近に感じるなんて・・・・。



まだ終わっていない。

でもみんな精一杯前を向いている。


なぜそんな人々の邪魔をするようなことばかり進めていくんだ?


この国は好きだ。

でも政府は嫌いだ。

政治家も官僚も肩書きが違うけど

同じ人間だ!

そんな奴らに他人の人生、命をどうこうできる権限なんて

ありはしない!



この日を迎えるたびに毎回感じる。


黙とうをささげる時間まで

あと4時間。

悪口、陰口はだれのもの?

じぶんが大切にしている人に対して苦言を述べる時

時、場所、言葉使いを選びながら伝える。

その言葉は相手の為というスタンスであり

けして自分自身の感情から生まれた言葉ではないということ。

それでも相手には伝わらず、時には誤解され、関係を悪化させてしまうかもしれない。

聞いたほうも初めから気分良く聞けるとは限らない。

それでもこのような苦言は心に留めて、時間をかけてでも理解していくほうがよいだろう。

だってその言葉は他でもないあなただけの言葉なのだから。


所構わず悪口を述べ、陰口をたたき、気分良く毒を吐いて

なんだか自分がとても正しい人間になったような気がしている悲しい人。

誰もたしなめてくれないから余計に錯覚に陥る。

正しいから窘めないのではないのです。

そんなあなたと関係を持ちたくないからほっとくんです。

少しでもかかわると違う場所で自分が言われるということを知っているから

距離を置くんです。


その悪口、陰口はだれのものですか?

人のことを言っているようで

すべて自分の言葉になってますけど大丈夫ですか?


こんな狭い町。

怖いと思いませんか?

否定できない悪口があっという間に広がりますけど。

それもあなたの耳に入らないうちに!




白票入れて意思表示?

意味ないでしょ。シカトされ組織選挙陣営が有利になるだけ。

入れたい候補者がいない。

個人では応援したいが所属の政党が許し難い。

新たな若手の立候補者?

資金がなければ現実的に無理。

選挙制度の改革?

改革できる力を持っているのは現在の権力者。


もう、別に文句は言いませんよ。

政治家がどこでいくらもらおうが全然かまいません。

我々は一部の人間が一部の人間のために決めたルールに従って

金を払い続けるしかないのですからね。

でもね、

命に関する事だけは許せない。

だから、原発再稼働はいかなる理由があろうとも(理由は一部の人間と大手企業の利益ですけど。)

賛成しない。


原発事故に関しては今後これからどのような問題が発生するのかわかりません。

まだ被害は始まっていないと考えてもいいのかもしれません。

事故の解決策に至っては何一つ結果を出していません。


たったこれだけの理由だけでも再稼働など許しません。

これだけの理由で十分でしょ。

過去も、現在も、未来も破壊してしまうものはいらねえよ。

いったんブレーキが利かなくなったら

最低でも数十年、何かを破壊し続けていく車があるなら、

その車を止めるすべがないのなら

そんな車作っちゃいけないでしょ?


この小さな、それでいて大きすぎる希望だけは

持ち続けたい。



最近ふとした時によく考える。

小さいころにテレビでよく見た役者さんたちが亡くなる年になってきた。

あのころご活躍されていた時にはおそらく、30代か40代。

あれから約40年。

自分の小さい頃はつい最近のような気がする。

ということはご活躍されていた役者さんたちもあっという間の時間に感じている事だろう。


なんと人生の短いことか・・・・。


40歳を超えて人生の短さを痛感することが多くなった。

だからこそ今後の行動が決まってくる。


やりたいこと、楽しみたいこと、出かけたいこと。

躊躇なくやろう。

そのためにはお金も必要。

仕事も本気でやろう。


毎日を無駄に過ごすことは絶対にしない。

楽しいことを追い求めて・・・・。

そしてこの考えを子供伝えたい。


何事にも本気で取り組んで、辛いことや困難から逃げず、

楽しい結果を追い求めて、実現し、それをまた伝えていくこと。


それが我が家の家訓となればいいなあ。 笑


飲食店をなめ過ぎ? いや、社会をなめ過ぎ?

7月に小料理屋をやりたいという女性が現れました。

経験は一切なし。

話を聞けば聞くほど疑問点ばかりが・・・・・。

基本的に大人の聞く耳を持っていない。

どうしてもやるというので承諾。

図面を書きますので一週間たったら連絡くださいと伝えた。

その間、損益分岐やら、メニューやら、営業方針やら考えることはたくさんありますので

いろいろとまとめておいてくださいねと・・・・・。


約2週間が過ぎ、何の連絡もないのでこちらからとりあえずメールにて連絡。

「あれから、色々とお考えはまとまりましたでしょうか?」

その返信が

「いろいろと考え、相談した結果、今回はお断りさせていただくことになりました。何かと親切にしていただいてありがとうございました。」

「・・・・・・・・・・?」

絶句です。

こちらからの連絡に、メールで断りの連絡?

この間図面も引いた俺はいったい・・・・。

50歳を超えた大人の対応ではない。

なんとなくこういう人なのだろうと思っていたのでそのまま終了。


1か月近くたった今日、LINEにメッセージが。

「お世話になっております。お店の進み具合をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


はあ???????


聞くところによると断りのメッセージの相手を間違えていたそうな。

意味不明です。

今後の人生がかかっている事案に対して送り先を間違える。

だったらなぜそのあと私に電話連絡しない?

1か月何してたの?

これだけで不安要素たっぷり、社会人失格です。

「貸してもらえないのですか? いや、送る相手をまちがえて、」

などなど言い訳たっぷり。

挙句には電話の向こうで泣き出すしまつ。

「ああ、泣くのとかやめてもらえます! めんどくさいし、ビジネスに関係ないので。」

「これだけの期間があったのだからいろいろとお考えもまとめたのでしょうから、それをもっていらしたらどうですか? お話はそこからですね。」

そういっていったん電話を切りました。

数時間後事務所に神妙な顔で現れ、お詫びの言葉を述べていましたが

言葉の端々に言い訳、都合のいい解釈が多々現れ、

以前と変わらず人の言葉をちゃんと聞けない要素がたっぷり。

「飲食店で対面形式をとるのなら自分が喋るのではなく、相手の言葉を聞くくらいでないと全く仕事になりませんよ!」

軽く説教です。


それでもお店をやりたいの言うので

「それではいろいろ考えた内容を見せてください。」

・・・・。

ほぼ何もやっていない。

「私はビジネスですから条件を満たしていればお貸しします。でも、甘い考えで飲食店を始めてもうまくいかないことも知っています。そうなれば一番苦労するのはあなたのほうです。だめと分かっていてもお貸ししたら詐欺みたいなものですからなるべくそんな風にはしたくありません。」

「大丈夫です。頑張ります。」

「わかりました。では保証人さん一人とあなたで書類をそろえてお越しください。その時に契約しましょう。」

「えっ?保証人いるのですか?」

「当たり前でしょ?」

「以前はいらないと言っていたような・・・・。」

「申し訳ありませんが、絶対にそんなことは言いません。」

「はい。わかりました。」

飲食店なめてんの?  社会なめてんの?

もう一回人生やり直したらいいんじゃねえ?



アイスバケットチャレンジの賛否

先日チャレンジしました。

芸能界や文化人の中でいろいろと賛否がありますね。

コメント等を残す人たちはほとんど否定の方のような気がします。


まあ、芸能人や文化人は拒否した場合 何らかのコメントを残さないと

誤解されたままになってしまうでしょうから

仕方のないことだと思いますが。


SNSの中で一般人も拒否した場合の見解を述べている方も多くいますね。

難病はたくさんある。

流行りだけのものになっている。

当初の趣旨と違う。

などなど・・・・。


あくまで俺個人の意見です。

やらない人はとやかく言うな!


誰もあなたに迷惑かけてないでしょ!

芸能人でもないのだから否定の理由もいらんよ。

黙って拒否すればいいじゃん。


難病はたくさんある?

そりゃあるよ。


全部に寄付できないだろ?

当初の趣旨と違う?

募金額が増えたのは事実。

それで助かる団体が存在する!


たとえばA社とB社で似たような商品を開発したとする。

当初はどちらも売れない。

そこでA社はアイスバケットのような宣伝方法を使った!

そしたら爆発的に売れた!

何が悪いの?


B社も販売しているからA社の宣伝方法を否定しますって言ってるようなもの。


A社の邪魔してるだけじゃん。


そういうこと言ってる奴に限ってどこにも寄付なんかしないくせに!


どこか一つでも、だれか一人でも助けになればいいじゃないか!


神様でも、大金持ちでもないのだから全員なんて無理!


俺たちは単なる一般市民。




自分に身近な問題には意見を述べるのに

原発問題等になるとスルー。


俺はそんな蝙蝠みたいにはできませーん。

氷水も楽しんでかぶりました。

そして寄付もしました!

指名した方の動画を見るのも楽しいです!

その方が寄付をしようがしなかろうがそれは個人の自由!


という個人的意見でした!

























人は時として数日で成長する。

きっかけは成功であったり、失敗であったり。

そして自信を手に入れる。

その裏には数々の試行錯誤があり

他人に見えないところでの努力あり、涙あり。

謙虚で素直な心と、感謝の気持ちが伴っていなければ

それは成長ではなく、単なる勘違い。

つまりは 「おごり」 である。


してもらったことを忘れ、いや、なぜ、どんな気持ちでしてくれたのかということを

理解できず、当たり前のように受け取り、

忠告や、意見を口うるさく感じ、

挙句の果てには悪意をもって返す。

見返りを求めて手助けをしているわけではないが

そのような態度を示されれば2度と忠告、意見などをしてくれなくなるのが

世の中の仕組みだ。


ましてや本人は 「おごり」 の中にいる。

これで成功を手に入れることなどあるわけがない。


忠告してくれるというのはどれだけありがたいことなのかを

理解しないと、感謝の気持ちも生まれない。


経験者は相手の気持ちがすぐに読み取れるもの。

本人が気づいてくれるのならそれまでまとう と いう器の広さも備えているであろう。


だが、相手も神様ではない。

人間なのだ。

そこにはリミットが存在する。


境界線を越えた時に

今までのことをすべて忘れて今後のかかわりをなくす。

これはまだ神に近い人だ。

大半はそこから逆のベクトルが働くものである。


今は己の器を大きく成長させる時期と思い

待つ! という選択肢をチョイス。

問題はそのタイムリミットだ。


いまだに、一瞬で時を超えることができる、いや、超えてしまう俺は

神どころか、一人前の経営者にも程遠いのだろうな。


さあ、器をひろげ、おごりではなく、成長に向かおう。