※前回までのあらすじ


おとぼけが過ぎる大東氏は、正月にずっと寝ながらチョコを食べていたのだった。

















目の前の物事を「常識」で捉えてはならない。







人間が短い人生の中で得られる経験、目にすることができる景色、覚えられる知識・・・。







そしてそこから紡ぎだされる「常識」。







そんな当てにならない方位磁石ばかり見ていても、「人生」という船はたちまち難破してしまうことだろう。








そう思い知らされる。







いや、そう思い知らせてくれる出会いというのは、突然やってくるものだったのである。








そう、
















大東駿介氏である。












彼が積んでいるコンピューターは、オレと違うものなのかもしれない。







同じものを見たり聞いたりしても、違う演算で答えがはじき出されることが多いのだ。







なにが正しいのか、そんなことはオレには分からない。








しかし、確実にある。















彼との「ズレ」が。












一風変わった1月3日を過ごしたオレたちが経験したおとぼけを、もう少しだけ書き残したいと思います。


















2013年、新たな気持ちでオレたちは集まった。







舞台『スマートモテリーマン講座』の稽古始まりは、翌日の4日からだった。








年をまたいでの再集結は、学生時代の夏休み明けのような気恥ずかしさがあったのを覚えている。








みんな、いい顔をしている。







それぞれ思い思いの年末年始を過ごし、リフレッシュできたようだ。








初日の幕が開くまでもう二週間を切っているということもあり、メンバーの間には程よい緊張感が漂っている。








実際、稽古のリスタートは順調そのものだった。










『緊張と緩和』








笑顔と笑い声がたえないこの現場で、着実に物語は積み上げられていったのだった。











そんな日々を過ごしていたある日、オレはある違和感を感じていた。










それは、毎日のように稽古場に響いていた「雄叫び」にも似た笑い声が、一つ抜け落ちているのだ。







ふと大東氏を見てみると、いつもいつでもエネルギーに満ち溢れている彼の顔が、時折ボーッとしている。











ん?










珍しいな。







考え事でもしているのか?







悩みでもあるのであろうか。








それとも体調が悪いのか・・・?








心配だったオレは、何気なく声を掛けてみることにした。












川「ダイトゥーン、どした?何か変じゃない?」







大「いや、何だかボーッとするんですよ。。」











すると、そんな会話をしてから一時間ほど経ったあたりだっただろうか。








大東氏の顔があきらかに熱を帯び、ホテッているのが見て取れた。










みんなの心の中に、共通してある心配事が浮き上がる。













「大東、風邪っぽいんじゃないか・・・?」









何と言っても、今回の舞台の主役はこの男だ。







体力的に大変であろうし、みんなが心配するのも当然のことだった。









誰かが大東氏にこう問いかける。










「大東、もしかして風邪なんじゃないの?」








すると、ものすごい勢いで彼は叫んだ。
















大「やめてくださいよー!風邪じゃないですよ!もし風邪なら自分で分かりますよ!もう」













ああ、ビックリした。







急に大きい声出したよ。








しかし、彼の体調に異常があらわれていることは一目瞭然だ。







ここは放っておけない。







オレはさらに問い詰めてみた。









川「じゃ、どんな感じなのよ?あきらかにいつもと違うぞ。」









すると彼は、自分の身体と会話するかのように深く、落ち着いた表情で自身を見つめ直した。









そして、こう言ったのだ。











大「なんだか身体の節々とノドが痛くて、熱っぽくて・・・頭がボーッとしてるだけです。」




















全員「それを風邪っていうんだよ!!」















彼は決して強がるような人間ではない。







少なくともオレにはそう映っている。







ただ、本当に分からないだけなのだろう。









次の日、見事彼は寝込むことになったのだ。

















みなさんの中にも経験した方が多いと思うのだが、一人暮らしの風邪というのは、大変キツイ。







オレたちは稽古場にて大東氏のことを思い、話し合っていた。






寝込んでいる彼は大丈夫なのか?






熱はどのくらいなのか?






しっかりと栄養は摂れているのであろうか?











話すのもキツイだろうということは分かっていたが、あまりにも心配なため電話をかけてみることにした。








川「ダイトゥーン!ちゃんとあったかくしてるか?栄養は摂れてる?」







大「とりあえず栄養はしっかり摂れてます。さっきもニンニク丸ごと一個食べましたし。




















全員「それ腹こわすわ!!」















規格外な男である。






なにより、そんな栄養の摂り方をしながら次の日に完全復活してカムバックした大東氏は、やはり常識で語ることが出来ない。


















そんな紆余曲折を経て、作品は完成へと向かっていったのだった。













初日の幕が開き、オレたちは絶好調だった。








お客さんとの一体感。







メンバーの充実感もひしひしと伝わってくる。







日々歓声と笑いにつつまれた天王洲銀河劇場は、東京を見回してもココ以上はないのではないかというほどの熱気に包まれていた。











しかしそんな中、東京公演も終盤に差し掛かろうというあたりで、大東氏には一つ気になることがあるようだった。










大「声がかすれてきている気がするんです。」










無理もない。






今回の物語の中で大東氏は終始舞台上に立っている、いわゆる「出ずっぱり」の状態である。






ノドに、知らず知らずダメージが蓄積していたのだ。











そんな彼に、演出家である福田雄一氏から救いの一言。










福「声枯れにめっちゃくちゃよく効く漢方持ってるよ!」










それは響声破笛丸料という顆粒のもの。







オレもこの漢方を飲んで、救われた経験がある。






信じられないほど、たちまちに声がしっかり出るようになるのだ。








最初は半信半疑だった大東氏も、この漢方を信じてみることにしたようだった。
















やはり、中国4000年の歴史。







漢方の威力はすごい。






翌日、嬉々とした表情で劇場に現れた大東氏の声は、その日の青空以上にクリアな透明感を感じさせた。










大「福田さん、ありがとうございます!あの薬、めっちゃ効きましたー!!」









ホッと肩を撫で下ろすメンバー。







漢方の効き目も去ることながら、大東氏の回復力には本当に驚かされる。










その日は昼と夜の二回公演。







昼公演を終えた後の空き時間、大東氏はつぶやいていた。











大「このタイミングで漢方もう一発いっとくか!」









念には念を。






いい判断だ。







オレが思っているほど、彼はおとぼけではないのかもしれない。








慎重になる、というのは時として一番の価値となることがある。
















ん?











なんだ?






大東氏はおもむろに漢方をコップに入れ、水を注ぎだした。








まぁ・・・いろんな飲み方あるしな。











あ、でも。









あれ?


















大「ガラガラガラガラ・・・













ペーーッ!!」






















全員「吐き捨てたーっ!!!!」
















大「え、うがい薬じゃないんですか?」












・・・何故に彼は声が治ったのだろうか。








今でも謎のままだ。


















常識では語れないことは世の中に多々、ある。








オレは大東氏に、いろいろなことを教わった。







そしてこれからも、彼の型破りな一挙手一投足を見守っていきたいと思っている次第である。















オレの「人生」という船はどこに辿り着くのであろうか。







しかし、一つだけ分かったことがある。







コンパスなんていらない。









思うままに日々、自分の信じた方へ進むだけだ。








そう、











大東駿介氏のように。













【完】