研修最後の日


アイはみんなの前で挨拶をする

上司から、ここで学んだことを一言と言われるとアイはスラスラと発表する

絶対聞かれるからと、私が事前に用意して彼女に教えた回答をそのまま発表する

その姿を見て、私は笑いを堪えながら下を向く

アイもマスク越しに一瞬ニヤついたのが分かる


こんなやり取りも今日で最後


その日の夜は、研修期間中二人でよく行った居酒屋でお疲れ様会をしようということになった


いつものようにカウンターに座り、いつものようにビールで乾杯、串を数本と揚げ出し豆腐…

特に考えることなく、途切れることの無い会話


時間はあっという間に過ぎていく


この一ヶ月間、本当に楽しかった

結婚以来、こんな若い女の子とこれほど親しくなったことはない

若い頃に戻ったような気持ちにもなった

もう一生味わうことができないと思っていたトキメキも感じさせてくれた

感謝しかない

でも、これ以上踏み込むのはマズい


だから、今日でお別れしよう


そう決めていた


いつも通り、終電近くまで居酒屋で過ごす

なぜか二人ともほとんど酔っ払っていない

二人で駅に向かう

構内にはほとんど人がいない

駅員や警備員が巡回を始めている

私とアイは並んで歩く

無言の二人

アイも何かを察している

私はふと立ち止まり、アイの正面に立つ

そして、アイに自分の正直な気持ちを話す

 この一ヶ月間本当に楽しかったこと 

 若い頃を思い出したこと

 自分が男として自信が持てたこと

 出会えて良かったこと

 一生忘れることのない思い出となったこと

素直な気持ちを伝えた


涙がこぼれる、ボロボロこぼれてくる

我慢は得意な方なのに、我慢ができない

自分の感情がコントロールできない

今までの人生で女の前で泣いたことなんかなかった

心が締め付けられて、苦しくて、別れたくなくて、どうしようもなくて


アイも泣き始める、顔をくしゃくしゃにして泣いている


最後に別れの言葉を言って、私は自分の電車の方へ歩き出す


早足で歩き出すと服を引っ張られる感覚がする


アイが私の服を後ろから掴んでいる


離さない


泣きながら握り締めている


「もう無理だ」


理性が飛ぶ


私は彼女の手を引っ張ると、構内の暗がりのスペースへと彼女を連れて行く


アイに初めてのキスをする


涙にまみれながらキスをする

舌を絡め、何度も何度もキスをする


心が繋がった感動

飛び越えてしまった恐怖

戻ることのできない現実


二人にしか理解できない関係

二人にしか理解できない感情


警備員が近づいてくるのが見える

キスをしながら警備員を睨みつける

邪魔をするな

警備員は見て見ぬ振りをして、どこかに行ってしまった


一旦、落ち着く

おでことおでこをくっつける

そして、気付く


アイの唾液は驚くほど甘い