格言26 貧しい人は「お金」を得るために働き 金持ちになる人は・・・・・・・・ | 大成の新世界の大富豪の教え

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皆さんとともに裕福になりましょうというブログです。

金持ちになる人は・・・・・・・・

「充実感」を得るために働く

長い間貧しい人は

「生計を立てるには

長時間働き働く機会を与えられてる

ということに感謝すべきだ。」

という間違った考えを教えられてきた。

それが最善の選択肢だった時代もある。

しかし2012年の現在では

そのようなことはすでに時代遅れとなっている。

金持ちになる人は

お金を得るために働くことが

最悪の選択肢だ
と思っている。

彼らは、自分が本当に好きなことを

独自の才能や能力と組み合わせ

る。

一生懸命に働いてるように

周りには見えてるが

本人は大好きなことをしてるだけだ。

職業を選ぶときは

どの仕事が最も稼げるかではなく

どの仕事が

最も充実感を与えてくれるのか


という視点で考えるべきだ。

それが決まったら

その分野の第一人者になるために

全身全霊を傾けよう。

貧しい人は恐怖と欠乏に怯えながら

「生き残ること」を目指し


金持ちになる男は

夢と希望と豊かさに溢れ

「夢を実現すること」を目指す。




>朝起きてから夜寝るまで

自分がしたいことをしてるのなら

その人は成功者である。

             ボブ・ディラン(アメリカの歌手)



これもそうですね。

嫌いなことをやってるのはものすごく苦痛である。

今 私は自分の好きなことをやって暮らしてる。

充実感はあるしストレスもたまらない。

また頂上にも行きたいと考えてる。

好きな事だからこそ努力できる。

というか周りには努力してるように写ってる。

自分は好きだからこそ

長時間に渡り作業ができるのである。

一方社会の常識に囚われてる人は

長時間、上司の監視のもとで

働かされ

とてつもない苦痛を感じながら

毎日を暮らしている。


それは自分も経験があるので

わかっている。

だがその人達は幸せだろうか。

一日8時間なり10時間なり終わって

家に帰る頃になると

まるで>トイレの後のように

すっきりして家に戻ってるのではないだろうか。

家に帰れば給料が安いと

奥さんになじられ

またストレスの毎日である。

そういう生活が日本では普通なのであるが

その普通の生活からどうして脱しようとしないのだろう。

結果、なんとか

「生存すること」だけはできている。」

だがきっと幸せだとは思っていない。

やることはできず

好きなときに旅行もできない。

好きな食べ物も必ず値段を見てから食べる。

家を買うときも

車を買うときも

子供が進学するときも

塾に行くときも

必ずその値段が頭に浮かぶ。

即決ができない。

あーでもない こうでもないと熟考しながら

やっと決める。

子供が塾行っていい?って聞くと

あーいいよ!と

自然に返事できない。


大学に行きたい!というと

うちにはそんな金が無いの!

というのが

かなり多くの人達が占める。

今現在、地元会津に住んでる人の

8~9割ぐらいは大学に行っていない。

実は私はこのことを数年前まで知らなかった。

私のうちの家族親戚は100%大学へは進学していたので

大学に行っていないなどということはありえなかったのである。

大学に行く事など普通の生活をしていて当たり前だと思っていたのだ。

地元の人間とお話してると会津高校や大卒だというと

「自慢してるんですか?」って 突っかかれるのである。

これで大学名や私の昨日一昨日と書いてるようなことを

話したらこの方達

私に対して殺意を感じるのではないかと思います。

私のうちでの常識は

この方達にとっては非常識
なのであります。

そういうことで

本気になって話すのは馬鹿らしいと思いますし

私が5月の終わりに帰郷して

じっくり話をしてみて

あまりの考えの次元の差に驚愕してしまったのである。

多分あの考え方が会津では普通であるし

それが彼らの発展を妨げている
のである。

そして、彼らの一番の特徴は

物事を必ず正反対に取る傾向があります。

武道をかなり極め時々雑誌にも出てる私に対して

ぶっとばすぞ!ぶっ殺すぞ!と恐喝したり

悪知恵(知恵というよりずるいだけ)を働かせて

どうだ!俺は頭いいだろうといってみたり

高校や大学の名前や武道の実績や実力等を伝えると

途端にだまり込んでしまった。

この人達は相手が強いとわかったら

とたんにおとなしくなるのである。(爆笑!!)


昔日の維新前の相手が悪ければ一藩をも滅ぼうが

「ならぬことはならぬ」という会津の伝統は

もはや風前の灯である


最近の数万円欲しいだけの夫婦殺人や郵便局の数千万に渡る横領も

お金がないのはもちろんのこと

現在の会津における教育の荒廃が

極限に達してる
ということがあげられる。

だから皆さんが来年の「八重の桜」で、

会津にはそういう人がいっぱいいるのだろうと期待して訪れると

そんなのはほとんど皆無だということが分かるであろう。

会津の人達に地元の歴史など聞いてご覧なさい。

ほとんど答えられないか頓珍館な答えしか返ってこない。

そういうほんとうの意味で会津の伝統を守る人達は

むしろ会津以外の市町村や県外や首都圏に住んでいるのだ。

青い鳥を探しに出たら、実は自分達の住んでる近くにいみたいなもんですよ。

例えば私のやってるビジネスは福島県以外の人達から見れば

コレほど親切なところはないと評価をいただき

日本一安いと思ってるのであるが

この方達の評価は

この程度ではね!だった。

常にこの方たちの考えというものはひねくれてるのである。

常に正反対に取るのである。

そして最後は暴力で何とかしようとする。

相手が強すぎるとわかれば

途端におとなしくなる
のである。

この荒廃しきった地元を何とかするには

やはりネットで不特定多数の会津や福島県の人に

真の会津人と言うものはどのようなものかということを伝え

その内の一部を変えれば

徐々に変わってくるだろう。

しかし、たいていの奴らには

いくら言っても治らないだろう。

お馬鹿さんにはいくら話をしても変えようとは思わないものなのだ

そういう8割がたの人間はあきらめ

あと1割だけ利口と馬鹿のギリギリにいる人間にだけ

働きかけることにした。

こいつらは矯正すれば治る。

コレは学校のレベルの上下だけでなく

心のあり方の問題なのです。