昨年も書きました。
震災発生の3日後に書いたメモです。
その後もメモは続き、3月31日に終わっています。
とんでもない大地震であった。
あっという間に3日半が過ぎた。
1月17日午前5時46分、すさまじい震動が発生した。
訳も分からず跳ね起きたのだと思うが、頭の方と足の方で何かが倒れた。
よろよとろ起き上がりリビングへ。頭はもうろうとしている。
オーディオラックが倒れ、電話台が倒れている。
「お父さん、大丈夫?」という声が聞こえ、みんな無事であることがわかる。
しかし、電話台が倒れていて、ドアが開かない。
ライターを見つけてつけてみる。 (今から思えばとんでもない危険な行為ですね。)
室内は悲惨な状況にある。食器棚が倒れ、大半の食器が落ちている。
何とか電話台を取り除き、ドアを開ける。
ライターをつけたり消したりするので、親指が痛くなってくる。
何とかろうそくと電池を見つけて灯りを確保する。
和室(自分が寝ていた部屋)に戻って、ゾッとする。枕のところに本棚が倒れてきていた。
あと数秒起き上がるのが遅かったら、完全に頭部、胸部に落ちてきていただろう。
冷蔵庫の口が開き、卵が飛散している。
明るくなるまであと少し。何をしていただろうか。もう記憶にない。とにかく足場を確保する。
時々階段を駈け降りる音がする。家内も娘も比較的冷静である。
避難など考えもしなかったが、皆避難している様子なのでしっかり着込んで階段を降りる。
7時前。
玄関前でコンクリートが欠けている。階段のコンクリートブロックがあちこちで欠け落ちている。
ラジカセによると震源地は淡路島。神戸の震度は6。
パジャマに毛布を羽織った人、裸足の人・・・
あちこちで液状化現象が見られる。
地震直後に避難して学校に行っていた人がバラバラ帰ってくる。
駐車場側にまわると、大きな地割れがあちこちで見られる。ガス臭い。
集会場にいても何の情報も得られず余震はこわいものの家に帰ることにする。8時30分。
家に帰ってみると、改めて地震のすごさを実感する。
食器棚倒れる。食器はほぼ全滅。プリンセスの涙(ワイングラス)も。
冷蔵庫扉開く。
納戸ではスチール棚が平行四辺形に。
本棚倒壊。ガラス飛散。枕のあたりはガラスが飛び散る。
しかし、まだ良かったのだろう。ピアノやテレビは無事であった。
インフラの復旧。
電気は約2時間後に復旧。
ただし、エレベータの復旧は1月20日。
水道は2月25日に復旧。
ガスは3月14日に復旧。
JR神戸線は4月1日に完全復旧。