3.11

俺は、あの日のこと忘れない。

なぜなら・・・


俺はあの日、午前中から就活の準備に追われていた。

いつも通りの朝食、いつも通りの昼食、そしていつも通りの家族との何気ない会話。

こんな幸せが日々がずっと続いていくのが当たり前だと何か勘違いをしていた。


13時半から就職説明会があるので、地下鉄に乗った。

スーツは相変わらずのうっとうしさで、就活なんてもうやだとそんなことを考えていた。


現地到着、今の時刻13時。

予定より早く着いた。場所は、仙台ビジネスホテルの2階。


人事の人にあいさつをし、席についた。

エントリーシートに似たようなものを書かせられ、人事の人の話が始まった。

眠い、早く終われ、でも就職したい、と複雑な気持ちになっていた。


説明が始まって30分くらいしたころ、DVD鑑賞に移った。

余計に眠気がまし、終わってからは、まだあるのかと嫌々やっていた。


だが・・・起きた起きてしまった。

人事の人が、話初めて数分、現在時刻は、14:46分・・・

グラグラグラ・・・


うーん、地震だな;;;


グラグラグラ・・・がたがたッ・・・


うーん、あれなんか強いな;;;


ここまでは冷静だった。


だがしかし・・・


がたがた・・・グラグラグラグラ・・横に大きく揺れ始める


これはやばいと思った人事の人も、あわてて、机のしたへ!と叫ぶ。


学生の俺たちは、隠れる。


すぐ終わるだろうとじーっと我慢していたが・・・


4分間も

グラグラぐら・・・がたがたがた・・・


これは宮城県沖かなっと

隣の学生と話をしていた


地震がおさまり、みんなで外へ避難した。

無事なことがこんなにも素晴らしいことだなんて、こんときはまだ想像もしていなかった。


その後、広場に行き、みんなが集まってる中、余震が続いた。


大きなビルが大きく、横に揺れていた。


怖いという感情よりも


驚きでおかしくなりそうだった・・


数分して


帰れる様子がないという情報を入手した


俺は、家が偶然にも近かったため


断ってから単独行動をすることにした。余震が続く中。


街中はパニックっていた。

電気、ガス、水道


すべてダメなのはもちろんなため、


信号がとまり、人と車がぶつかりそうになり


交差点が


人の大混乱だった。


俺は普段わかる自分の家の方向さえも見失ってしまった。


その後

なんとか家にたどり着いた。


家に帰ってからも驚きは止まらなかったが、


むしろ


情報が伝わってきてからの方が


俺はこの震災に対して、言葉にできなくなった・・・


津波・・


それは想像を絶するものだった・・


下手したら、揺れなんかよりずっと怖いものだろう・・



最大津波38m・・・


想像もつかない


もう頭の中がまっしろだった・・



津波で被災された多くの方々、亡くなられた方々に深くお見舞い申し上げます。

どうか、元気をだしてください。

俺は、自分に何ができるかわからないですが、できることをとにかく隅から隅までやろうと

思っています。なので、みなさんも前向きに頑張っていきましょう。


以上、歴史上最高とも言われた地震について語りました。