「たくみ、話がある...」
先週の土曜日、夜9時のことである。
僕は、自分磨きをしようと、お気に入りの高橋しょうこ動画を見ようとしていた頃だった。
父から、電話がかかってくることはほとんどない。離婚でもするんじゃないかと、内心ドキドキしながら、電話に出る。
「もしもし...」
「たくみ、話がある。
もう酒を飲んでいるから、俺を迎えにきてくれないか?」
こんな夜に、深刻そうな声をして話す父は、初めてだった。
僕は、急いで下ろしていたズボンをあげ、チャックを閉じ、車に乗った。
ムラムラしていた気分は、一瞬でふっとんだ。
いつも通る道は、朝の仕事ラッシュの道とは違い、スイスイと進むことができる。
実家に戻ると、父は家の前で待っていた。
車に乗せると、普段は饒舌な父なのだか、言葉を失ってしまったのではないかと思うくらい、喋らなかった。そのことが余計に、よくないことが起こるのではないかと、僕を不安にさせる。
実家の近くの、びっくりドンキーに着く。
夜10のファミレスは、コロナのせいもあるのか、
客は少なくどんよりとした雰囲気。
父は、ビールの大を頼み、一気に飲み干す。
あまり、美味しそうではないドイツのビール。
緊張している父の姿に、いよいよ離婚の話が来るかと僕はミットを構えている。
「なあ、たくみ これを見てみろ」
父は、重たい口を開き、iPhoneのLINEを僕に渡す。
父が働く会社のグループLINEである。
内容は、後輩の女の子の、仕事を父が手伝ったらしく、
お礼と小さいハートがついたスタンプがついていた。
「これが何か?」
僕は、父が離婚するんじゃないのかと思っていたので、どうでもいいLINEの内容を見せられて少し戸惑っていた。
父は小声で
「オンナっちいうのは、好きな人にしかハートは使わんよなぁ?」
「はあぁ?」
僕は聞き返す。
「だからぁ、女の子はぁ、好きな人にしか、ハートのスタンプは使わんよなああああああ?
俺は、母さんもおるし、お前も娘もおるんし、どう断ればいいんかなああああ」
酔っているせいもあり、カラオケでもいってるんすかっつう、声でそう叫ぶ58歳のおっさん。
ざわざわ、ざわざわ
アカギの漫画のように、ざわざわしだす客と店員
僕は、恥ずかしくなり、父を残しびっくりドンキーを出た。
父は、僕が頼んだフライドポテトを食べ、1人で歩いて帰ったそうです。
こんな父から生まれた僕は、多分ではなく、確実にアホなんだと思う。