1.なぜ、正しい説明だけでは選ばれないのか
営業の現場では、詳しい情報を提供するほど、顧客の納得感も高まると考えがちです。
そのため、多くの営業担当者が、緻密な比較表や詳しいデータを用意し、商品の機能やスペックを漏れなく伝えようとします。
もちろん、正確な情報やデータは、顧客が判断するうえで欠かせません。
一方で、情報を増やしすぎると、かえって違いが分かりにくくなり、顧客が判断に迷うこともあります。人は、常にすべての情報を比較し、合理的に結論を出しているわけではないからです。
このことを理解する手がかりとなるのが、ダニエル・カーネマンが著書などで広く紹介した「システム1」と「システム2」という考え方です。
システム1:直感的で素早い思考
システム2:意識的で時間のかかる思考
人は、日常のすべての判断に時間をかけることはできません。そのため、直感や経験則を使い、比較的少ない負担で判断することがあります。
こうした判断の一つが、「利用可能ヒューリスティック」です。
利用可能ヒューリスティックとは、思い出しやすい情報をもとに、物事の可能性や重要性を判断する傾向のことです。
例えば、ある事故のニュースを繰り返し目にすると、実際の発生頻度を確認していなくても、「この事故はよく起きているのではないか」と感じることがあります。印象に残る情報ほど、頭の中から取り出しやすく、判断にも影響しやすいためです。
営業でも、顧客がすべての商品情報を正確に記憶し、必要になったときに比較表を最初から確認するとは限りません。
実際には、課題に直面したときに思い出した商品や営業担当者が、相談先の候補になることがあります。
顧客に選ばれるためには、商品の優位性を正しく伝えるだけでなく、必要なときに思い出してもらえる状態をつくることも大切なのです。
2.ポイント①:スペックを「具体的な場面」と一緒に伝える
数字や機能は、商品の価値を伝えるために必要です。
ただし、数字や機能だけを並べても、顧客がその価値を具体的にイメージできないことがあります。
例えば、次の説明を聞いて、どのような変化が起きるかをすぐに想像できるでしょうか。
「このシステムを導入すると、業務時間を20%削減できます」
20%という数字は重要ですが、それだけでは、顧客の仕事や生活がどのように変わるのかまでは分かりません。
そこで、具体的な場面を加えて伝えます。
「このシステムを導入した企業では、月末の集計作業にかかる時間が短くなりました。以前は担当者が夜まで作業していましたが、導入後は勤務時間内に集計を終えられるようになったそうです」
このように伝えると、顧客は導入後の状況を想像しやすくなります。
さらに、実際の数値がある場合は、具体的な場面と組み合わせます。
「導入企業では、月末の集計作業にかかる時間が約20%短縮されました。その結果、担当者が勤務時間内に作業を終えられる日が増えています」
大切なのは、スペックの代わりに物語を伝えることではありません。
スペックや数値によって、根拠を示す
具体的な場面によって、その意味を伝える
この2つを組み合わせることです。
なお、導入事例を紹介する際は、実際に確認できた内容を使用し、顧客の事情や個人情報にも配慮する必要があります。
スペックが示す変化を、顧客が自分の状況に置き換えて想像できるようにする。それが、記憶に残りやすい説明につながります。
3.ポイント②:「どのような相談ができる人か」を覚えてもらう
どれほど優れた提案をしても、顧客が課題に直面したときに思い出してもらえなければ、相談にはつながりにくくなります。
営業担当者にとって重要なのは、名前や顔を覚えてもらうことだけではありません。
「どのような課題について相談できる人なのか」を、顧客に分かりやすく覚えてもらうことです。
ここでは、次の2つの考え方が参考になります。
定期的な接点を持つ
人は、繰り返し接する相手や情報に、親しみを感じやすくなることがあります。これは「単純接触効果」と呼ばれます。
営業における定期的なメール、情報提供、訪問なども、顧客との関係を維持する接点になります。
ただし、接触回数を増やせばよいわけではありません。
毎回同じような売り込みを繰り返すと、親しみではなく負担を感じさせる可能性があります。顧客にとって役立つ情報を、適切な頻度で届けることが大切です。
課題と自分の専門性を結びつける
顧客に思い出してもらうには、「何でも相談できます」と伝えるよりも、得意分野を具体的に示した方が分かりやすくなります。
例えば、私であれば、単に「中小企業診断士の高嶋です」と覚えてもらうだけでなく、次のように認識してもらうことを目指します。
「営業や販路開拓について困ったら、高嶋さんに相談してみよう」
特定の課題と営業担当者の名前が結びついていれば、その課題が発生したときに思い出してもらいやすくなります。
そのためには、日頃から一貫したテーマで情報を提供し、自分がどのような相談に対応できるのかを伝えておく必要があります。
目指すのは、顧客の選択肢を狭めることではありません。必要なときに相談先の一つとして思い出してもらえる状態をつくることです。
4.ポイント③:商談の終わり方を丁寧に設計する
顧客の記憶に影響するのは、説明内容や接触頻度だけではありません。商談がどのように終わったかも重要です。
このことを理解する手がかりとなるのが、「ピーク・エンドの法則」です。
人がある体験を振り返るとき、体験全体の平均だけでなく、感情が大きく動いた場面と、最後の印象が、全体の評価に強く影響することがあります。
営業に置き換えると、商談の最後に何を話し、どのような状態で終わったかが、その後の記憶にも影響する可能性があります。
例えば、終了時間が近づいたからといって、次のように曖昧に終えてはいないでしょうか。
「それでは、資料を置いておきます」
「何かありましたら、ご連絡ください」
これでは、顧客は商談で何が決まり、次に何をすればよいのかを整理できません。
商談の最後には、次の4点を確認します。
1.今日話した内容を簡潔に振り返る
2.顧客の課題について、認識が合っているかを確認する
3.誰が、いつまでに、何をするのかを明確にする
4.時間を取ってもらったことへの感謝を伝える
例えば、次のように締めくくります。
「本日は、月末の集計作業と、特定の担当者に負担が集中している状況について伺いました。私からは、同じような課題を改善した事例と、導入方法を来週火曜日までにお送りします。その後、社内でご確認いただき、金曜日に改めてご意見を伺うという進め方でよろしいでしょうか。本日は詳しくお話しいただき、ありがとうございました」
このように終えることで、顧客は商談の内容と次の行動を整理しやすくなります。
もちろん、最後を丁寧にすれば、途中の不十分な対応がすべて帳消しになるわけではありません。
基本的な対応品質を保ったうえで、商談の終わりを曖昧にしないことが大切です。
5.結論:必要なときに思い出してもらえる営業になる
営業の役割は、論理で相手を説得することでも、多くのスペックを一方的に伝えることでもありません。
顧客が判断するために必要な事実を示し、その事実が顧客にとってどのような意味を持つのかを、分かりやすく伝えることです。
さらに、顧客が課題に直面したときに、「あの商品について、もう一度確認してみよう」「あの営業担当者に相談してみよう」と思い出してもらうことも重要です。
そのために、明日から次の3つを意識してみてください。
1.スペックを、導入後の具体的な場面と一緒に伝える
2.自分がどのような課題について相談できる人なのかを明確にする
3.商談の最後に、話した内容と次の行動を整理する
最初の一歩として、実際に自社の商品やサービスを導入した顧客に、どのような変化があったのかを振り返ってみてください。
導入前には、どのようなことで困っていたのか
導入後に、何がどのように変わったのか
顧客は、その変化についてどのように話していたのか
この3点を短い事例として整理すると、単なるスペックでは伝わりにくかった商品の価値を、具体的に説明できるようになります。
顧客は、事実を見ていないわけではありません。
事実に加えて、自分にとっての意味や、思い出しやすい具体的な場面も手がかりにしながら判断しています。
あなたの顧客が課題に直面したとき、相談先の一人として、あなたの顔を思い出してくれるでしょうか。
必要なときに思い出してもらえること。それも、顧客から選ばれる営業の大切な条件です。