『佐川、暴走』

金曜日の朝。
ミーヤの出社は少し遅れていた。
それだけで、オフィスの空気はどこか落ち着かず、そわそわしていた。

「な、なあ……今日、ミーヤちゃん、来るよな……?」
佐川がいつになく不安そうに呟く。

「来るんじゃないっすか? 体調悪いとか聞いてませんし……」
佐山が肩をすくめる。

「逆にですね、来なかったら……それはそれで、逆にさびしい……というか……」

「おい、逆にの意味が逆になってねぇぞ」
坂田が突っ込みつつも、どこか気が気でない。

そのとき。

「おはよぉございますぅ〜♡」

オフィスのドアが開いた瞬間、
3人の中年男たちは一斉に姿勢を正した。

ミーヤは、今日はカーディガンを羽織っている。
だが、その下は白のタイトワンピース。
ウエストが絞られたシルエットと、胸元のVラインが見事に強調されている。

「ちょっと遅れちゃって……ごめんなさぁい♡」

「い、いや! 全然! 待ってたよ!むしろ、ずっと待ってたよ!」
佐川が前のめりに近づく。

「えへへっ、そんなにぃ?♡ 佐川さんって、やさしい〜♡」

「やさしいどころじゃない! 俺、今日、ミーヤちゃんのためにネクタイ変えてきたんだよっ!」

「え〜ほんとですかぁ? なんか、今日のネクタイ……カワイイっ♡」

佐川の顔がパッと赤くなり、頬が緩む。

「よしっ、今日は俺、ミーヤちゃんのために、マジで頑張るから!」

坂田が横からボソリと呟く。
「……完全に恋しとるな」

佐山は呆れた顔をしながらも、視線をミーヤの胸元に落としそうになり、寸前でこらえた。


『ハニートラップの“勘違い”効果』

午前中、佐川は落ち着きがなかった。

「ミーヤちゃん、これ、お願いしてもいい?」
「ミーヤちゃん、コーヒー買ってこようか? 好きなの何? アイス? ホット?」
「あとさ、今度ランチでも……」

ミーヤは愛想よく応じながらも、時折、
わざとペンを落としたり、椅子に浅く座って見せパンをチラ見せ。

佐川は完全に舞い上がり、周囲の空気も読めなくなっていた。

昼休み、オフィス内の休憩スペース。

「ねえねえ、ミーヤちゃん……今度、休みの日、どっか行かない? ほら、映画とか……スパとか……」

「え〜〜♡ そんなの、奥さんが怒っちゃうんじゃないですかぁ〜?」

「だ、だいじょぶだいじょぶ! そんなのもう冷めてるし!」

坂田が割って入る。
「おいおいおい、佐川。お前、まさか本気になってんのか?」

「……なってない……ことも……ないかも……」

佐山がぼそりと。
「逆にですね……それ、かなりヤバいです」

ミーヤはくすくすと笑っていた。

(……ついに、ひとり目が堕ちたわね♡)


『暴走、エスカレート』

午後、トイレから戻ってきた佐川は、ミーヤの机に「お菓子の小袋」を置いていた。

「これ、好きそうだったから……」

「わ〜、うれしいぃ♡ ありがとう、佐川さん♡」

さらにその日の夕方。

「ミーヤちゃん、俺、これからさ、駅前で飲み会あるんだけど……よかったら、二次会とか……」

「え〜〜?♡ そんなぁ〜、ふたりっきりぃ〜?」

「ふたりっきりがいいんだよ!」

「もぉ〜、佐川さんってば〜♡」

(あ〜〜〜完全に落ちたなぁ……これは“告白”来るかも♡)


『ついに、告白』

翌週月曜。
佐川は朝から緊張していた。
何度も鏡を見て、ネクタイの位置を直す。
ポケットには小さな紙袋。

昼休み。
ミーヤを連れ出し、屋上へ。

「ミーヤちゃん……あのさ……俺、ずっと言いたかったんだけど……」

「えっ、なぁにぃ?」

「俺……ミーヤちゃんのこと……好きだと思う」

ミーヤの笑顔が、ふっと止まる。

「……佐川さん……」

「もちろん、すぐにってわけじゃないけど……奥さんとはもう冷めてるし、離婚も……その……考えて……」

ミーヤは、ふわっと笑った。

「……ごめんなさい♡」

「……え?」

「うれしいけど……でもぉ……付き合ってる人いるし……佐川さんとは、ちょっと……ごめんなさい♡」

「え……そんな……あれだけ……優しくしてくれて……」

「だってぇ〜、佐川さんって、かわいいしぃ〜、優しいしぃ〜……つい、甘えちゃったの♡」

ミーヤはペロリと舌を出して、いたずらっぽく笑った。

「……マジかよ……」


『理性、崩壊と自己崩壊』

その日の午後、佐川は見るからに落ち込んでいた。

画面を開いては閉じ、メールを書いては消す。
タイプミスを何度も繰り返し、同じファイルを3回保存しなおす。

坂田がため息混じりに言った。
「フラれたな」

佐山が同情する。
「逆にですね……よく生きてるな……」

「……俺……何やってんだろ……」

その夜、佐川は駅前のベンチにひとり座っていた。
手元には、渡せなかった小さな紙袋。
中には、コンビニで買ったチョコレートと、手書きのメッセージカード。

「“これからも、ミーヤちゃんの笑顔が見たいです”……か……バカか、俺は……」


『ミーヤのモノローグ』

帰宅後。
ミーヤは鏡の前で髪を解く。

「……ああいうタイプ、やっぱり堕ちるの早いなぁ〜♡」

鏡越しに自分を見つめる目は、冷静で、計算高い。

「でも……ごめんね。遊びだったの。最初から」

彼女はスマホを開き、佐山とのLINE履歴を開く。

(次は……あなたよ、ムッツリさん♡)

そう呟きながら、ミーヤはにっこりと笑った。