『沈黙のサカッチ』
盆明けの月曜日。
BBQ騒動から一週間、オフィスには妙な沈黙が漂っていた。
佐川はうつむき気味、佐山はやたら背筋を伸ばし、北野は微笑みをキープしたまま淡々と作業している。
そして、ミーヤ。
(……なんだかんだ、やっぱりこの空気、私が支配してる)
窓際、1人の男がいた。
坂田忠雄、通称・サカッチ。
普段なら朝から「暑いな〜、ミーヤちゃん今日は攻めてるな〜」と騒いでいるはずが、なぜか黙っていた。
(……あれ? サカッチ、元気ない?)
『沈黙の理由』
「坂田さん、最近おとなしいですね……」
北野がふと声をかける。
「……ん? ああ……いや……うん……」
その返答はあまりにも覇気がなかった。
ミーヤはすぐに察した。
(何かあったわね……もしかして……アレか)
思い当たるフシがあった。
BBQの時、彼女が無意識に“佐山優先”で動いていた。
坂田は、その様子をずっと見ていた。
しかも、浜辺で北野と佐川が一緒にいた時、坂田は1人だけ、誰にも相手にされず缶ビール片手に黄昏れていた。
(拗ねてる……完全に“スネッチ”状態)
『ミーヤの慰め』
昼休み。
「サカッチぃ〜〜♡ ちょっと相談あるのぉ〜〜♡」
彼女はスカートのスリットから絶妙に太ももをチラ見せしながら、坂田の隣に座る。
「お、おお? なんだなんだ?」
「最近、なんだか冷たい気がしてぇ……ミーヤ、寂しいなぁ〜〜♡」
(来た……この感じ……!)
坂田の目が輝きを取り戻す。
「いや、そんなことないよ! ただなぁ……俺もいろいろ考えててさ……」
「なになにぃ〜? サカッチが“考える”なんて珍し〜〜い♡」
「ミーヤちゃんさ……本当に……可愛いな」
「……え〜〜? 今さらぁ〜?♡」
ミーヤは上目遣いで坂田の目を見つめる。
「サカッチが元気ないと、ミーヤも元気なくなっちゃうぅ〜〜♡」
坂田の鼻息が荒くなる。
「……なぁ、ミーヤちゃん……俺と……一度だけ、二人で飲みに行かないか?」
ミーヤの瞳が、ふっと細くなった。
(……来たわね)
『サカッチ、勝負をかける』
金曜の夜。
場所は、場末のスナック風居酒屋。
「いやぁ〜〜〜、こうしてミーヤちゃんと飲めるなんて、俺、もう……」
坂田は上機嫌。
ミーヤは、白いノースリーブニット。
しかもノーブラ。
テーブル越し、ライトの加減でうっすら透けて見えるその形に、坂田は目が釘付け。
「ね〜〜〜、サカッチはさぁ、どうして結婚しないのぉ〜〜?」
「いや、それはもう、タイミング逃したっていうか……今はもうミーヤちゃんだけで……」
「えぇ〜〜〜、嬉しいなぁ〜〜♡」
「……あのさ……今日、このあと……俺んち、来ない?」
ミーヤはグラスを傾け、くるりと指を絡ませた。
「う〜〜〜ん♡ でもなぁ〜〜、どうしよっかなぁ〜〜♡」
「お願いだよ、ほんと、今日だけでいいから!」
(きたきた、理性がぶっ壊れたサカッチ……♡)
『落とし穴』
そのときだった。
「坂田さん、今のは……セクハラです」
静かな声が、後方から飛んだ。
北野だった。
いつの間にか同じ店に、佐山と佐川と共に入ってきていた。
「えっ……え? なんで……」
ミーヤは、あえて驚いたように口を押さえる。
「そ、そんなつもりじゃなくてだな! ……違うんだよ、これは……」
「そういうの、記録に残しておきます」
北野の目は真剣だった。
佐川:「さ、サカッチ……やっちまったな……」
佐山:「逆にですね……昭和は終わってます」
坂田は完全に青ざめていた。
『翌週、社内通達』
【社員各位】
今後、業務外での異性への誘いは控えるように。
また、飲酒を伴う場では特にハラスメントに注意すること。
坂田忠雄については、一定期間の外部対応を控えさせます。
『ミーヤの勝利と誤算』
その日の夕方。
ミーヤは女子トイレで鏡を見ながら、ほくそ笑んだ。
(ふふっ♡ サカッチ、あんなに簡単に落ちちゃうなんて……)
そこに、北野が入ってきた。
「……楽しいですか?」
「えっ、なにがぁ〜〜?♡」
「あなたのやってること、全部……見えてます」
ミーヤの笑顔が、微かに歪む。
「あなたが壊してるのって、人の感情だけじゃないですよ」
「ふぅ〜〜ん……じゃあ、次は……あなたが壊れる番かもね♡」
火花が散る。
女子ふたりの冷戦は、新たなフェーズへ。
